指導資料No.64 主体的にいじめの問題に取り組む児童生徒
人は顔かたちが違うように、それぞれが特性をもって生まれついています。その違いを認め合い、それぞれの特性を十分に伸ばしあっていくところから、個人の幸せも社会全体の幸福も生まれてくるはずです。しかし、現実にはその違いがいじめにつながり、仲間の生命までも奪う状況となっています。
こうした状況を踏まえ、児童生徒が主体的にいじめの問題に取り組み、教師と一緒になって考え、いじめの解決を図っている事例を紹介します。
なお、指導資料No.62「一人一人が支え合う学級を目指して」も併せてご活用ください。
目次
- 平成7年度長野県のいじめの状況
- はじめに
- 指導事例
[小学校]めざせ!全校友だち!303の輪
[中学校]B中学校生徒会人権宣言
[高等学校]いじめ撲滅宣言
平成9年3月6日 長野県教育委員会
1.平成7年度長野県いじめの状況
- 発生件数は613件で、平成6年度に比べて3件増加している。
- 校種別にみると、小学校で7件、高校で57件減少しているが、中学校では66件増加している。小・中学校の発生件数は総発生件数の75.5%を占めている。
- 「いじめられた児童生徒からの訴え」が199件と最も多く、平成6年度より48件増えている。また、「保護者からの訴え」が158件で、平成6年度より31件増加している。
このことは、教育相談をこまめに実施するなど、児童生徒や父母にとって訴えやすい環境が整ってきたためと思われる。
- 「冷やかし・からかい」が229件で、「仲間はずし」が189件、「言葉でのおどし」が152件で、態様全体の傾向は6年度と同傾向となっている。
- 「冷やかし・からかい」、「言葉でのおどし」といった、言葉によるいじめが大半を占めている。



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2.はじめに
本県におけるいじめの状況は、前記の資料で明らかなように、小・中学校での発生が大半を占め、特に中学生の増加が目立ちます。また、態様では「冷やかし・からかい」、「言葉によるおどし」といった、ことばによるいじめが大部分を占め、発見や対応を難しくしています。
いじめの根絶のために、各学校においては、校内研修等による教師の力量の向上、教育相談体制の整備、休み時間の巡視、生徒とふれあう時間の確保など、様々な取り組みの工夫がなされてきました。
ここでは、いじめの問題を子どもたち自身が自分たちの問題として受け止め、児童会や生徒会を中心に取り組んだ事例を紹介し、「いじめ根絶」のための指導のあり方について考えてみました。
3.指導事例
[小学校]めざせ!全校友達!303の輪
| 事例の概要 |
5年生になって、転校してきたA子は左手がやや自由に動かせないという障がいがあった。
A子の転入後しばらくすると、他学年の児童たちが、A子のうわさを始めた。
そのうわさがいじめにつながると考えた担任は、まず学級でA子を支えることが必要だとして、学級での話し合いを何度も開き、A子への理解を深めた。
学級での支えは日ごとに強まっていったが、当該学級以外で心ないうわさが広がっていった。
A子は「全校の集い」で自分の悲しみを発表し、理解してもらう機会を得た。
A子の発表には多くの児童が心を動かされ、児童会ではいじめのない学校にするために、全校の児童がもっと仲良くなろうと「仲良し集会」を行い、全校の心を一つにする取り組みをした。 |
| 指導の概要 |
A子の思い
学級で人権に関わる話し合いの時間をもった。その一つの場面で、A子は自分の手が自由に動かないことによる、いじめを受けたときの思いを語った。
- 手をじろじろ見られたこと
- どうして動かないのと聞かれたこと
- 私は好きで手が自由に動かなくなったわけではないということ
- 前の学校では私がいろいろなうわさを立てられて、苦しんでいても、助けてくれる人はいなかったこと
A子の言葉に衝撃を受けた学級の子どもたちは、「いじめだ。絶対許せない」「周りの人がどうして助けられなかったのか分からない」など感想をもち、積極的にA子を支えていった。
うわさの広がりとA子の訴え
学級でのA子に対する支えの輪は、日ごとに大きくなっていった。しかし、学級外ではA子に対するうわさが広がっていた。
- 学級での取組
広がりはじめたうわさを耳にした担任は、その解決のために学級で何度も話し合いをもった。その中でA子が「私のことを全校のみんなにわかってもらいたい。そのためには、全校の集いでみんなに訴えたい」と語った。それを受けた学級では、原稿作りの手伝いをするなど、積極的にA子を支えていった。また、担任は家庭との連携を図り、家庭の了解を得る一方、全校職員に理解と協力を求めた。
- 全校の集い
A子はステージで、自分の左手がなぜ不自由になったのか、また、いじめにつながるうわさを立てられたときの悲しみなどを全校に訴えた。
途中、涙で読めなくなってしまったA子に対して、学級の数名が自主的にステージに登り、その内の一人が代読して訴えた。
- 各学級
A子の訴えを聞いた各学級では、話し合いがもたれ、うわさがいじめにつながり、いかに心を傷つけ、悲しい思いにさせてしまうかについての話し合いをもった。
その後、A子への励ましの手紙が届いた。
| A子さんの勇気に驚きました。なかでも、「なりたくてなったわけじゃない」という言葉に、私の心はドキッとして、その後、涙が止まりませんでした。誰にも悲しいことや苦しいことがあると思います。でも、A子さんは決して負けないでください。私もA子さんの勇気に負けないようにしていきたいと思います。(6年女子) |
児童会の取り組み
A子の訴えに心を動かされた児童会では、この学校に「一人でも悲しい思いをする人がいない」ようにするための話し合いが何度ももたれた。
うわさの広がりとA子の訴え
代表委員会の方針
A子の話に基づいて、代表委員会ではいじめ問題に対する方針、、スローガンを次のように決め、全校集会で提示し、趣旨の理解を図った。
いじめ問題に対する方針
- 学年を越えた友だちを作ろう
- 友だちのよいところを見つけよう
- みんなで仲良く遊ぼう
スローガン
めざせ!全校友だち!303の輪
仲良し集会
児童会では、方針に基づいて、いじめをなくすためには、全校の児童が仲良くなることが大切だとして「仲良し集会」を企画し、実施した。
姉妹学級ごとに4~5人でグループを編成し、各委員会で企画した会場に行き、ゲームを楽しんだ。
その後、代表委員会の企画による○×クイズを全校で楽しんだ。
- アルミ缶をピンにしたボーリング
- ビンゴゲーム
- 好き嫌いによって不足する栄養素あてクイズ等
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| 事例から学んだこと |
- 障がいがあり、悲しい思いをしている友だちについて学級で話し合い、理解しあい、支え合うことの大切さを学ぶことができた。
- 心ないうわさによるいじめ問題を解決するために、児童会を中心として、「仲良し集会」を企画、運営させたことは、児童の主体性を育む上で有意義であった。
- 相手の気持ちや立場に立って考えることの大切さを学ぶことができた。
- 一つの学級の中の人間関係だけではなく、学級や学年の枠を外した取り組みによって、子どもたちが新しい経験や友人関係をつくることができた。
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[中学校]B中学校生徒会人権宣言
| 事例の概要 |
平成6年に愛知県の中学2年生がいじめられて自殺したとの報道に接した生徒たちは、自分たちの中学校にもいじめがあるのではないかという不安をもった。
生徒会執行部は、こうした学校の雰囲気を大事に捉え、いじめの問題についての実態調査を行った。その結果、自分たちの想像していなかったいじめの事実を知ることとなった。
自分たちの学校からいじめをなくすためには、自分たちの手で解決することが大切であると考えた生徒会執行部は、生徒集会や学級での話し合いを通じて「B中学校生徒会人権宣言」を作成し、いじめの問題に自ら取り組んでいった。 |
| 指導の概要 |
生徒会による実態調査
いじめについて全校一斉のアンケートを実施し、次のような実態が明らかになった。
- 今、いじめに遭っている ・・・・・・・・・・・・18人
- いじめられている人を知っている・・・・・92人
- いじめをしている・・・・・・・・・・・・・・・・・・23人
- いじめている人を知っている ・・・・・・・・55人
この実態から、いじめを自分たちで解決していくことを生徒会の重要課題とした。
月間目標の設定
いじめの問題について全校の意識を高めるために、生徒会の月間目標を設定し、生徒集会でその趣旨説明や呼びかけを行った。
- 1月 いじめを許さない学校にしよう
- 2月 いじめを見抜こう
- 3月 いじめについて話し合おう
B中学校人権宣言
いじめの問題を解決するために、全校が一つになる必要があると考えた執行部は、「人権宣言」について、代表委員会で検討したり、学級で話し合ったりして原案をつくった。
3月の生徒総会において、執行部は次のような「B中学校人権宣言(案)」を提案した。
討議の後、「B中学校生徒会人権宣言」は全校生徒の賛成で承認された。
| B中学校人権宣言 |
第1条 B中学校生徒は、互いに人権を最大限尊重し合う
第2条 自己中心的な行為や自分勝手な行為によって、B中生徒の人権を侵すことを許さない
第3条 暴力や暴言、その他生徒の心や身体を傷つける行為を許さない
第4条 もし、人権侵害の行為があった場合は、執行郡や代表委員会などに訴え、全校生徒で解決に当たる
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| 質疑 |
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Q 人権宣言をどうして作ったのですか。
A 本校にもいじめがあり、私たちの手でなくしていくためです。
Q いじめとはどういうものですか。
A 継続的に、相手を困らせたり、暴力をふるったり、言葉でおどしたり、仲間はずしなどをしたりすることです。
Q 第1条から5条の文末に「~することは許さない」とありますが、破った場合はどうなるのですか。
A 人権宣言は法律ではありません。破った人に制裁を加えるというものでもありません。生徒みんなが安心して学校生活が送れるように、みんながこの人権宣言を守ろうとする目的で作ろうとしています。
Q 「人権」とはl年生には難しい言葉なので、説明してください。
A 「人権」とは、人が生まれながらにして当然にもっている権利です。例えば、差別されない、いじめを受けないなど、一人一人が安心して学校生活を送ることのできる権利のことです。
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| 事例から学んだこと |
- 生徒自身がいじめはどういうものなのかを知ることができ、いじめに気づけるようになった。
- 生徒の主体性を尊重して取り組ませたことによって、生徒に自浄力や自主性が育まれた。
- 生徒の主体的な活動によって、教師自身もいじめに対する考え方や学級作りのあり方を改めて学ぶことができた。
- 教師集団が一致して生徒の活動を支える取り組みをしたことにより、いじめを受けた生徒やいじめを目撃した生徒が訴えやすくなった。
- いじめの問題について毎年話題にし、生徒会を通じて討議をするなど、生徒の意識を喚起していくことの必要性を学んだ。
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[高等学校]いじめ撲滅宣言
| 事例の概要 |
1年生の生徒の母親から、クラス内でいじめにあっている男子生徒がいるとの連絡が生活指導部にあった。
生活指導部は、いじめられている本人や目撃者の聞き取り調査を実施することによって、「生意気だ、買い出しにいかない」などという理由で「机へのいたずら書き、仲間はずし」などの嫌がらせを男子生徒が受けている事実を知った。
生活指導部が1年生の調査をしていく中で、C運動部の1年生3名が同じ部の1年生数名から「部活中の態度が気にいらない、女子生徒と馴れ馴れしい、練習をさぼる」などの理由で、暴力・威圧を受けていたことも明らかになった。
また、調査の中で、上級生が威圧的な態度で下級生の言葉づかいなどの指導をしていた状況も明らかとなった。
これらの問題に対して、生活指導部は「いじめの問題に対して職員が意識統一をし、すべてのいじめについて、学校全体で取り組んでいく必要性がある」ことを職員会に提案し、全職員でその方向性を確認しあった。
この確認を受けて、生活指導部と生徒会顧問が連携して生徒会に働きかけ、いじめ問題への取り組みをしていった。 |
| 指導の概要 |
いじめ(暴力等)をした生徒に対しては家庭と連絡を取り、家庭反省を含む指導を行った。一方、この問題を単に当該生徒への指導で終わらせることなく、生徒会を中心に全校生徒一人一人の問題として捉え、校内から「いじめ」をなくすために全校集会、運動クラブ長会、クラス討議を繰り返した。
生徒会の取り組み
生徒会総務会で、いじめの問題について、生徒全員の意識を高める取り組み方法の骨子を検討し、その原案を基に次のような取り組みがなされた。
- 生徒会総務・風紀委員会
一連のいじめ問題について、生徒会としての「決意表明文」を作成した。
- 運動クラブ長会
問題を起こしたクラブから出されていた「対外試合の自粛等について」や今後のクラブ活動のあり方について話し合い、「自粛および自粛解除の手順」、クラブ長会の「決意文」を作成した。なお、当該クラブの「自粛及び自粛解除の手順」は委員会での検討を経て決定された。
- 評議員会(正副ルーム長で構成)
今回のいじめについてどう考えるのかについて、全校生徒の意識調査を実施し、調査結果を基に、下記のような討議マニュアルをつくり、クラスで話し合いをもった。
クラス討議マニュアル (生徒会)
| テーマ |
暴力、いじめをなくすために |
| テーマ設定の理由 |
校内で暴力・いじめの行為が行われた。今回のこの事件は本校の自治をおびやかす最大の危機であると捉え、本校の「自主的な校風」を守るために、全校生徒がこの問題について積極的に話し合い、解決していく必要がある |
| 討議の進め方 |
司会 評議員
記録 評議員
オブザーバー 担任
司会進行
- 資料の配布 ※
- 5分間、資料の黙読
- テーマを次のように焦点化する
・暴力はあるか
・パシリ等いじめはあるか(パシリとは、使いっぱしりで、買い物などに行かされること)
・クラブ等でのいじめはあるか
・他にも自由を脅かすことはあるか
資料1 「私たちの学校生活と基本的人権」(生存権・自由権・学習権・平等権・訴える権利・弁護する権利等、誰にでも認められている権利が書かれた資料)
資料2 アンケート結果
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| まとめ |
話し合いをもとに、クラスの「決意文」を作成する。 |
全校集会
以上の取り組みをもとに、いじめの問題について、生徒会主催による全校集会を開いた。
校長による人権に関わる講話の後、クラブ長会、各委員会、各クラスより決意表明等が提出された。
運動クラブ長会の決意表明
今回の不祥事を各クラブとも厳粛に受け止め、当該のクラブからは以下のような活動自粛が提出された。そして、自粛解除の手順については、クラブ長会会長が以下のように提案し、全校生徒によって了承された。
- 自粛解除についてはクラブ長会の討議を経て職員会で決定する。
また、クラブ長会としての決意表明を以下のようにした。
- クラブでは、今後一切いじめや暴力等を認めない取り組みを約束する。
- もし、今後のクラブ活動において、いじめや暴力等の問題が起きた場合には、クラブ長会でその対応について検討し、職員会を経て措置をする。
クラスごとの決意表明
各クラスのいじめ問題に対する決意表明がなされたのち、当該クラスは以下のように発表した。
- いじめは「しない・させない」
- いじめられている側の立場になり、クラス全員で守る。
- 「いじめ・暴力」が起きたときには直ちにクラス討議を行い、いじめや暴力などの問題を起こした生徒の反省を促す。
- 今後二度と「いじめ・暴力」などの問題を起こさないよう、上記のことをクラス一同決意する。
全校討議
いじめの問題についてさまぎまな角度から話し合いがもたれた。その中で、問題を起こした生徒が、自ら自分のとった行動について、「いじめの不当性と決意」を全校生徒に訴える場面もあった。
「いじめ撲滅宣言」の承認
生徒会長が学校生活の在り方と基本的人権尊重の立場から、次のような「いじめ撲滅宣言」を提案し、全校生徒によって承認された。
三原則 いじめは、 しない、させない、認めない
- 学校でお互いの人権を認め合いながら生活をする。
- 自分勝手な自由ではなく、他の生徒の個性・考え方の違いを認め、尊重する。
- 授業に真剣に取り組む。
- 嫌がらせ・いじめ・暴力などは、いかなる理由であっても人権侵害にあたり、絶対許されない。
- いじめを発見した時には、見過ごすことなく、ただちにやめさせたり、教師に知らせたりする。
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| 事例から学んだこと |
- クラスでの話し合いや全校での討議によって、いじめの問題について共通認識をもつ、よい機会となった。
- 生徒が中心となって、この問題に取り組んだことで、学校生活全般において、生徒のやる気を引き出すとともに、自信をもたせることができた。
- 生徒の悩みや問題等に対して、より早く対応することが重要であるという共通理解により、これを機に気軽に話せる環境として、相談室に相談係職員をおき、相談体制を整えることができた。
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