ホーム > 防災・安全 > 防災情報 > 災害に学び、備える > (9)台風第15号

ここから本文です。

更新日:2018年12月3日

(9)台風第15号(昭和56年8月22~23日)

被害地域
県内全域(特に須坂市)
被害状況
人的被害(人):死者11/負傷23
住家被害(棟):全壊10/半壊20/一部損壊57/床上浸水582/床下浸水2,632

自然がもたらした厳しい教訓を後世に伝えたい。

須坂市K.Sさん(当時62歳・区長)

 

昭和56年8月23日未明の台風15号の襲来により、須坂市仁礼地区は大規模な土石流に見舞われ、10名の尊い命が奪われ、負傷者を出し、家屋、道路、田畑等に総額91億円の大被害を受けました。

のどかで人情味豊かな村が一朝にして巨岩流木が山積、まるで悪夢のような光景を目のあたりにして、自然の力のすさまじさを痛切に感じました。

当時私は区長をしていた関係で、早朝から川の見回りをしていました。6時になっていよいよ消防団出動のお願いしようと帰宅、そのときはまだ川の深さが7割ぐらいでした。その後消防団の組幹事さんが土のうを積みたいといってきて、家にあった麻袋50枚を束にして渡しました。そのときです。二つ三つ土のうを詰めたところへ、急に土石流が襲いかかってきて、目の前で一気に対岸の家が流されていくのを見ました。「逃げろー!」と慌てて外へ出たときはすでに水が膝まであって、妻と二人、自宅より少し上のお宅に避難させてもらいました。

当時私が住んでいた宇原地区は、橋がすべて流れてしまったため、丸2日間は電話もテレビも水道もすべてが不通の孤立状態になりました。その非常時のなか、友人がタンクを背負って激流の中に転がっている大木の上を綱渡りのようにして水を運んでくれて、貴重な水を大切に分け合って飲みました。

私は区長でありながら身動きすらとれず歯がゆい思いをしたが、代わりに4人の区長代理が率先して指揮をとってくれたので助かりました。仁礼会館に対策本部をつくり、捜索活動、物資の配布、土砂かたづけ、炊き出しと、災害後はともかく忙しく、何から手をつけていいかわからない状態でしたが、11部落の組幹事さんみんなで知恵を出し合って一つずつ仕事をこなしていきました。

1か月後の9月23日秋分の日、尊い命を奪われた10名の「合同葬」を、仁礼町区と須坂市消防団の主催により仁礼会館広場で開催しました。約2,000人が訪れて最後のお別れをしました。2か月後ほどたって、災害の経過を記録に残し、自然がもたらした厳しい教訓を後世に伝えたいという気運が盛り上がって記録編集委員会を編成、2年後の58年11月に災害史『土石流急襲』を完成させました。また同年には、土石流で流れ集まった巨石に15号台風の被災状況と復旧の経過、10名の犠牲者への哀悼の意を記した「災害復旧記念碑」を西原の被災地に建立。石碑の除幕式と災害復旧工事の完成を記念する行事を町の主催で行いました。

当時は市、警察、消防団、企業、近隣の区長さん、大勢のみなさんにご尽力いただきました。義援金や救援物資が各方面から届きましたが、障がい者の男性がわざわざ遠方から車椅子でお見舞いにきてくれたときは、勇気をもらったようでうれし涙がこぼれたことが印象に残っています。

ともかく災害後約2か月は家のことが手につかず、心労で体重が10キロも減りました。それでもやりがいがあって、20年たった今も年に1度「思い出会」を開き、みんなで集まって酒を飲むのが恒例になっています。

 

教訓
伝えたいこと

災害時は水の確保が何より貴重。
◆教訓を後世に伝えるため、災害の経過を記録に残すことが大切。

人はひとりでは生きられない

須坂市M.Sさん(当時52歳)

 

「台風の時期は米びつを空にしねえようにしときないや」。前日からバケツで押しあけるような豪雨が続き、西原に嫁いできたとき下のおばちゃんに言われたことを思い出していました。23日深夜2時20分、ゴットン、ゴットンと大きな石の流れる音で目を覚まし、急いで身仕度をしました。長男は雨具を着た上に消防の法被を着て「行ってくるから頼むね」、そう言って帽子をかぶりながら雨の中へ慌ただしく消えていったのです。これがわが子の見納めになるとは知る由もなく、その後ろ姿がやけに勇ましく見えたことを覚えています。

夫も次男も水防作業に出かけ、家にひとり残った私は仏壇に手を合わせ、せめて大事な物だけでもまとめておこうと思ったときです。「かあちゃん、かあちゃん!」、すさまじい血相で次男が飛び込んできた、その瞬間に戸口から水がなだれ込み、得体の知れない大量の水がわが身に襲いかかってきました。まるで回転の速い水車にあおられていくようでした。そのとき「ここで死ななければならないのか、こんなに簡単に、誰にも別れも告げずに…」、そんな思いが、断片的に、稲妻のように脳裏を駆け巡ったことを覚えています。

「かあちゃん、大丈夫かー」という次男の声を聞いて、「大丈夫、頑張っていこうね」、そう答えてからはいくら叫んでも返事がなく、じりじり迫ってくる足の痛みに耐えながら、ありったけの力を振り絞って息子の名前を呼びました。すると「どこだぁー」と夫の声がしたので、手探りであたりを探り、顔の上に乗っていた戸板をドンドンたたきました。5~6人がかりで私の体に覆いかぶさった畳やら木の枝を取り除き、ようやく担ぎ出してもらいました。

意識がもうろうとするなか、病院へ運び込まれ、それから数時間後に初めて台風15号の怖ろしさを知らされたのです。土石流で家もろとも流されて全壊したこと、家財道具もすべて流失、次男は無事だが長男が行方不明であることなど…。

災害から1週間後の8月30日夕刻、消防団の方々に抱きかかえられ、変わりはてたわが子に対面しました。享年27歳、幼い頃川原で遊び、誰より自然を愛していた息子がこのような仕打ちを受けるとは。怒りのはけ口もなく、残された家族は気が変になりそうでした。これほどまでに人生の無情はあるものだろうか、涙は尽きることなく、平常心を取り戻すまでにかなり長い時間が必要でした。

私は約1か月ほどして退院、その後しばらく本家にお世話になり、仮設住宅から厚生住宅へと移り住み、今は流失した家と同じ間取りの家を別の地に建て、家族4人で暮らしています。

それにつけても当時、あの流木と土石のすさまじい現場からよくぞわが子を探してくださいました。多くの方にさまざまなかたちで助けていただいて、心身ともに健康になり、一家の再建を図ることができました。あのときのご恩は生涯忘れることなく、健康な限り私なりのお返しができたらと念じています。災害で得た教訓は「人間はひとりでは生きられない」です。とかく最近は他人に無関心とか、ドライで簡素なつき合いを好む方が増えていますが、いざというときに親身になって助けたり、助けられたりするには、やはり日ごろからいいおつきあいをしていることが大切だと思います。

 

教訓
伝えたいこと

人間はひとりでは生きられない。日ごろから良いお付き合いが大切。
◆台風の時期は米びつを空にしないように。

人は支えたり支えられたりして生きている。

須坂市M.Oさん(当時49歳)

 

朝6時頃でしたか、雨と風がひどいので心配になって川へ行ってみました。「水道管が破裂していたので市へ連絡しなければ」、そう思って家へ戻ると、突然ゴーッというすごい音がして、家より大きな岩が転がるのが見えた瞬間、大水が私の体に襲ってきたのです。何が起こったのかまったくわからないまま、慌てて玄関から外へ逃げ出しましたが、首まで泥水をかぶり、アッという間に濁流に流されてしまいました。泥水の中で何回転もしながら「このまま死んでたまるか!生きてやる」と必死にもがきました。たまに水面に顔を出すのがやっとの状態のなかで、稲穂をつかみ「これを離すものか」と、命がけでしがみつきました。私は全身泥だらけ、なんとか自力で濁流から脱出し、急いで高いほうへ逃げました。そのとき、汚物もすべて一気に流されたわけですから、泥流のにおいは鼻を突くようなきつい刺激臭、今でも雨が降ると思い出すことがあります。

一緒に家にいた息子は庭先に置いてあった車の屋根に避難したところ、家の前の電柱が真っ二つに折れて目の前に倒れたが、命拾いをしたようです。しばらくして家族3人の顔を見て「生きていたんだ、よかった!」と実感しました。

とにかく一瞬の出来事で逃げるだけで精一杯、玄関を閉めることもできなかった。家に帰って見ると大きな石やら泥で、悲惨な状態になっていましたが、命が助かっただけで幸せ、家や物が破壊されたことはそれほど悲しく感じませんでした。

それよりご近所のおばあさんが最後まで見つからず、捜索活動は新潟県境まで及び、ずいぶん気をもみました。ご遺体は8月30日、すぐ近くの作業現場でようやく見つかりましたが、着物を頭からかぶったような状態だったそうです。あのとき犠牲になった方はさぞ無念だったことでしょう。私は災害にあってつくづく命の大切さを実感しました。あのとき助かった人は皆同じ気持ちだったと思います。

復旧は家族だけではどうすることもできず、親戚や友人がすぐに駆けつけて家の掃除やら後かたづけを手伝ってくれました。地域の皆さんに本当にお世話になりました。人は支えたり支えられたり、みんなで助け合って生きていることも、災害を通じて教えられました。

災害の怖ろしさは、あった人しかわからないことだと思いますが、自然災害は予期せぬときにやってきます。いざというときはご近所の助け合いがとても大切です。そのためにも普段から素直になって、まずは「おはよう」と声をかけあうことから始めようと思い、毎朝犬の散歩をしながら実行しています。

 

教訓
伝えたいこと

災害にあって、命の大切さをつくづく実感した。
◆いざというとき、ご近所の助け合いはとても大切。普段から挨拶などで交流を。

お問い合わせ

危機管理部危機管理防災課

電話番号:026-235-7184

ファックス:026-233-4332

より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください

このページの情報は役に立ちましたか?

このページの情報は見つけやすかったですか?

  • 長野県公式観光サイト ゴーナガノ あなたらしい旅に、トリップアイデアを
  • しあわせ信州(信州ブランド推進室)