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更新日:2018年12月3日

(7)台風第7号

(7)台風第7号(昭和44年8月4日~5日)

被害地域
下伊那郡・木曽郡ほか
被害状況
人的被害(人):死者9/行方不明6/負傷11
住家被害(棟):全壊10/半壊7/一部損壊7/床上浸水32/床下浸水489

床の上に、20cmもの土砂が残りました

下伊那郡阿南町M.Nさん(当時10歳)

 

私は過去3回、水害の被害にあっています。思い返してみて、一番大きく、そして一番心に残っている水害は、昭和44年、私がまだ小学4、5年生の時の大雨のことです。

わが家は山から少し離れ、盆地状のなだらかな所にあります。すぐ近くに2つの川が流れていて、その合流地点の近くに家があるのです。2つの川は小川程度の川ですが、あの日は長く続いた大雨のために、泥のような濁流があふれんばかりに流れていました。そのうちに避難勧告が出て、私は母とともに避難していたのですが、家を何としても守ろうとした父は、一人で家に残っていました。川の堤防は石垣を積んだようなものでした。結局、山手からの濁流とともに、山の土砂も家の中まで押し寄せて来てしまいました。家の中に入ってきた水は父の胸まで来たそうで、それはものすごい量だったそうです。水が引いた後には、床上に20cmもの土砂が堆積して残されました。その惨状たるや、言葉にできない程ひどいもので、近所の方の助けを得て、土砂を出し掃除をしましたが、しばらくは畳も敷けませんでした。少し上流の家の方は土砂に流され、亡くなられた方もおられたという話も聞かされ、子ども心に忘れられない記憶として、今でもよく覚えています。

その後も床下浸水は何度かありましたが、10年くらいしてやっと、川の拡幅工事が行われました。その工事の後でしたが、昭和58年、家のすぐ近くにある橋に、秋の長雨によって上流から流されてきた雑木が引っかかり、川の流れがわが家の方に来てしまいました。この時は水だけでしたが、床上浸水となりました。当時私は仕事に出ていて、朝、この橋を渡っていました。内心「大丈夫かな?」と思いながらも、降り続いていた雨も小雨になっていましたので、そのまま仕事に行きました。昼過ぎ「水がついた」と家から連絡があり、急いで家に戻ろうとしましたが、帰り道が通行不能の状態で、その日は職場の近くで一夜を明かしました。父も母も命は大丈夫ということでしたが、心配で眠れませんでした。この時は水だけの被害でしたので、水が引けば家の方はさほど被害はありませんでしたが、それでも畳や床板を交換することとなり、大変でした。

そして平成3年、この時は、床下浸水にとどまりましたが、町内の他の地域では随分被害があったようです。

わが家は盆地の一番下の方ですから、おのずと水が集まってくるのでしょう。以前は地面から1mぐらいあった床下も、幾度もの洪水によって運ばれてきた土砂で、今では30cmぐらいになってしまいました。家の老朽化もあり、引っ越そうかとも考えたりするのですが、先祖から受け継いできた家ですし、なかなか引っ越す気にもなれず、ここに留まっています。

このような立地条件のもとで暮らす者として、雨が続く時などは、川面の高さを眺めて、「これぐらいなら大丈夫かな」とか、「この高さは、少し心構えをしておかなければ」など、普段から川の水量には気を付けています。そして、川から田んぼに水を引くための堰などを早めに引き上げるなど、被害を最小限にとどめられるよう、近所の方とも協力しています。

 

教訓
伝えたいこと

普段から、天気や川の水量の増減などに気を配る。
◆近所の方と意志を合わせて、用水などの堰(せき)を早めに引き上げる。

お問い合わせ

危機管理部危機管理防災課

電話番号:026-235-7184

ファックス:026-233-4332

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