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更新日:2023年4月15日

環境保全研究所

長野県生物多様性概況報告書

長野県生物多様性概況報告書

 

長野県環境保全研究所 研究プロジェクト成果報告9 長野県生物多様性概況報告書

NAGANO BIODIVERSITY OUTLOOK

 長野県の生物多様性の特色・現状と今後の課題を整理した報告書を2011年に公表しました。この報告書は、2012年の「生物多様性ながの県戦略」の策定に活用されました。

信濃町の田園風景

  • 生物多様性とは、自然界にみられる「個性」と「つながり」、それらがうみだす「はたらき」を、遺伝子・種・生態系などさまざまな側面からとらえたものです。衣食住から経済・文化まで、人間の生活は生物多様性がうみだすさまざまな自然のめぐみにささえられています。しかし近年の人間活動によって、このめぐみの源である生物多様性は、世界的に危機的な状況にあります。
  • 生物多様性条約(別ウィンドウで外部サイトが開きます)生物多様性国家戦略(別ウィンドウで外部サイトが開きます)などのもとで、国内外でこの危機への対応がおこなわれています。生物多様性基本法(別ウィンドウで外部サイトが開きます)は、都道府県や市町村による生物多様性地域戦略策定の努力義務を定めています。本報告は、長野県の生物多様性地域戦略(生物多様性ながの県戦略)の策定(平成24年2月)に先立ち、その議論の前提として生物多様性の現状と課題を整理することを目的に、長野県環境保全研究所で作成しました(平成23年3月公表)。
  • 本報告では、まず長野県の生物多様性に地域特性をもたらしている地形・地質や気候の特性、生物多様性の特徴と形成史を概観しています。次に生物多様性国家戦略による生物多様性の危機の整理(3つの危機と地球温暖化による危機)にもとづいて、長野県における生物多様性の現状と課題の整理をおこないました。また、今後の対応のための選択肢として、国内外で実行・提案されている事例やアイデアを例示しています。これらの例示は、議論のなかで参照されることを想定したものであり、必ずしも政策的・社会的に最適かつ不可欠なものとして提示したものではありません。

    この報告書は、「生物多様性ながの県戦略」の本文中、特に「II 生物多様性をめぐる情勢」の記述のベースになっています。同戦略の作成にあたり、当研究所ではこのほかに5つのコラムを執筆・提供しました。

長野県生物多様性概況報告書

下記のPDFファイルでご覧いただけます。

(研究リーダー 須賀 丈)

「長野県生物多様性概況報告書」の主な内容

第1章 はじめに ―問題の背景―

 生物多様性は地球の生物の進化で生み出されたものであり、多様な生態系をかたちづくっています。しかし人間活動により世界的に危機に瀕しています。これを守るべき理由として自然のめぐみ(生態系サービス)の源であることの指摘や環境倫理の視点からの幅広い議論があります。世界的な取り組みとして生物多様性条約やCOP10の成果である「愛知ターゲット」があり、国内の動きとして国家戦略や基本法、これらを踏まえて地域戦略策定への流れがあります。

亜高山帯針葉樹林

第2章 長野県の生物多様性の成り立ち

 長野県の地形は、日本アルプスなどの山地とそのあいだの内陸盆地に特徴があり、日本海側と太平洋側に向かう大河川の分水界をなしています。その地形・地質は、日本列島形成以来の長い地史の産物です。それは氷期からの気候変化や今の多様な気候条件とともに、長野県の生物多様性に豊かで複雑な分布のパターンをもたらしています。

 高山帯・亜高山帯には自然植生が、より標高の低い場所には人間活動の影響を受けた植生が広く分布しています。人間による植生改変は縄文時代までさかのぼります。里山の二次林や半自然草原など、適度な人間活動が生物の生息環境を維持してきた場所も少なくありません。

 県内の生物種は、維管束植物や鳥類、昆虫類で特に多くみられます。地域固有の分類群も多く、県内には日本国内の生物多様性ホットスポットとして重要な地域があります。また同じ種でも、県内の地域によって遺伝的に異なった系統のものが分布する例があります。絶滅危惧・準絶滅危惧とされる種の数が県内の種の数に占める割合は、維管束植物で29.6%、哺乳類で32.7%、鳥類で14.5%、魚類で40.6%を占めています。

畦に群生するタチツボスミレ

第3章 長野県の生物多様性の危機 ―その現状と課題―

 生物多様性に危機をもたらすものとして、国レベルでは3つの要因と地球温暖化の影響が指摘されています。これらは長野県の生物多様性にも脅威をおよぼしています。また国外の生物多様性ともかかわりがあります。

 第1の危機(人間活動や開発による危機)としては、開発や工事、乱獲・盗掘・密猟、踏みつけによる影響があります。これらは絶滅の危険要因として、最大の割合を占めています。対応策として議論されているものには、戦略的環境アセスメント、生物多様性オフセット、エコツーリズムなどがあります。

 第2の危機(人間活動の縮小による危機)としては、森林・草地・農耕地の利用衰退、中・大型哺乳類(特にシカ)の分布拡大の影響が深刻です。シカは農林業だけでなく、林床・草原・高山などの生態系にも影響をおよぼしています。これらへの対応策として、土地所有者と市民活動との連携活動などがおこなわれています。市場取引や税制による「生態系サービスへの支払い」(環境支払い)も有効にはたらく可能性があります。

 第3の危機(人間により持ち込まれたものによる危機)としては、さまざまな外来生物の分布拡大が顕在化しています。長野県の地史的背景などをふまえると、外来生物法であつかわれていない生物多様性の地域固有性の攪乱・遺伝子攪乱への対応も必要です。農薬などへの対応として、生物多様性に配慮した農業の推進ものぞまれます。

 地球温暖化は、高山帯の生物に深刻な打撃をもたらす可能性があります。農業適地の変化などにより、人間生活にも大きな影響があると予測されています。今後、さらに地域レベルでの研究をすすめる必要があります。

 国外の資源に依存した経済により、日本の生活は世界の生物多様性にも大きな影響をあたえています。影響低減に向けた企業の自主的取り組みや環境認証制度・フェアトレード、地産地消などの活動を、さらにすすめる必要があります。この問題への対応と第2の危機への対応のあいだには、密接な関連があります。

シカの採食で植生のなくなった林床

第4章 横断的な課題

このほかに共通の横断的な課題があります。(1)さまざまな主体の連携、(2)教育と普及啓発、(3)調査と研究の推進、(4)行政事業がもたらす生態系への影響の評価、(5)地域社会や女性・子どものエンパワーメント(活性化)、(6)地域で定める総合的な保全計画です。これらの課題は相互に関連しています。

 コラム集:長野県の生物多様性

「生物多様性ながの県戦略」の作成にあたり、当研究所では5つのコラムを執筆・提供しました。「長野県生物多様性概況報告書」の内容をもとに、テーマ別の話題をわかりやすく解説したものです。

  1. 長野県の地形・地質と多様な生物との関係

  2. 日本の屋根 高山帯の生物多様性

  3. 信州の里山と生物多様性

  4. 遺伝子の多様性とその撹乱

  5. 気候変動による高山の生態系への影響

長野県の地形・地質と多様な生物との関係

 多様な生物が生息するということは、それだけ多様な生息環境があることを意味します。多様な植物があり、多様な動物が存続するためには、個々の生息地の無機的な環境が多様性とバランスの両方をもちながら維持される必要があります。無機的な環境には、大気や光や水・あるいは土壌など様々な要素がありますが、これら諸要素の中で地域固有の特徴をもつものとして、地形や地質、そして過去の気候変動をも含めた地史(大地の歴史)があります。植物の多様性にとって、中部山岳の地形がもたらす約3,000mにも及ぶ大きな標高差は重要な要素です。長野県では、カシ類をともなう暖温帯の常緑広葉高木林からケヤキやブナなどからなる山地帯の夏緑広葉高木林、さらに高地ではシラビソやトウヒからなる亜高山帯常緑針葉高木林やハイマツを中心とした高山植物群落など、植生の垂直分布帯にまたがる多様性があり、それらの組み合わせが県内のいたるところで見られます。また、蛇紋岩・かんらん岩などの超苦鉄質岩や石灰岩の分布など、特殊な化学組成をもつ地質もあり、地質の違いによる植生の多様性もあります。さらに県内には火山も多く、火山活動や土砂移動による一時的な自然の撹乱(かくらん)、あるいは過去の火山活動などがつくった起伏に富む地形の中に、乾燥地や湿地、さらには大小様々な湿原が発達しやすいことから、これらが多様な生物の生息場所を提供しています。このように長野県の生物の多様性は、地形や地質の多様性とよく対応しています。そして多様な地形や地質は、日本列島がアジアの変動帯に位置し、しかも長野県とその周辺地域が過去にもっとも激しい地殻変動を受けてきたという、はるかな地史のたまものです。

日本の屋根、高山帯の生物多様性

 日本の屋根、中部山岳を世界に紹介したウォルター・ウェストンは、明治24年に木曽駒ヶ岳に登山した折、色も形もエーデルワイスによく似た花があったことを、その著書に記しています。この花は、木曽山脈の特産種であるコマウスユキソウ(ヒメウスユキソウ)で、ヨーロッパアルプスにみられるエーデルワイスの近縁種です。日本の高山帯にみられる生物の多くは、北極周辺域や北太平洋地域、アジア高地などをその起源としています。氷期に日本列島へ分布を広げた後、温暖化した間氷期には分布を北方へと縮小させたものが多いなかで、一部の生き物たちは高標高地へと移動し、やがて山頂域に孤立するようになりました。また、冷涼気候へ適応して低山から高山帯への進出を遂げた高山植物もあります。中部山岳は、北方から分布を広げた生物にとって分布の南端部にあたります。たとえば赤石山脈南端部の光岳周辺は、ハイマツやライチョウの世界的な分布南限となっています。中部山岳の高山帯には、その複雑な地形や地質、また世界一ともいわれる冬季の強風、そして多雪環境を反映して、高山帯の面積は決して広くないものの、高山植物の種類が豊富で、モザイク状にさまざまな高山植物群落が発達しています。維管束植物については、日本全国を対象とした分析から、中部山岳の白馬岳や八ヶ岳、北岳、赤石岳は、日本国内でも固有の植物が多い貴重な場所、いわばホットスポットであることが示されています。中部山岳の高山帯は、いずれも島状に山頂域にKomausuyuki孤立しているため、地域固有の種の分化や遺伝的な分化も生じています。同一の山域でも、高山帯では地形により融雪時期が大きく異なるため、風衝地と雪田周辺にみられるミヤマキンバイのように、同じ種でありながら、異なる環境に適応して遺伝的分化を遂げたもののもあります。高山帯の生物多様性は、地球の気候変動と本州中部の地史に結びついた分布変遷の歴史を背負っています。しかし、近年のニホンジカによる被食圧の激化や地球温暖化による環境変化は、高山植物をはじめとする高山帯の生物とともに、その氷期以降の歴史を失わせる危機となります。ウェストンが信州の山々でみたお花畑が決して失われることのないようにしなければなりません。

信州の里山と生物多様性

 「里山」というのは、人がほとんど足を踏み入れない「奥山」と、人工物が大半を占める「街(市街地)」との中間地帯にあたります。そこは、かつて人が自然を継続的に利用することにより、時間をかけて二次的な自然が形成されていた場所でした。そこにはさまざまな土地利用があり、多種多様な環境の組み合わせが保たれてきました。長野県では、県土の約8割が里山の自然に相当します。このような里山の自然に、自身のライフスタイルをうまく合わせて生きてきたのが里山の野生生物たちです。毎年草刈りが行われるような場所では、草原性の植物が春や秋に様々な花を咲かせ、そこには草原性の虫たちがたくさん集まりました。メダカなどの水辺の生きものは、毎年水管理が繰り返される水田と用水路の間などを行き来していましたし、鳥のサシバは山間地の谷津田の周辺にある森林と田畑がセットになっているような場所を好んで利用してきました。これらの人と里山の自然との相互関係は、数百年以上もの長い時間をかけて保たれてきたものでしたが、今から50年程前以降その関係が崩れてきました。エネルギーや食料など里山の環境変化と背景の多くを身近な里山から採取し、地域内でつつましく消費するような循環的かつ自給的な暮らしから、地域の外からエネルギーや食料などを大量に買ってきて大量に消費する暮らしに変化してしまったのです。里山の変化は、草地の森林化、林地や田畑の荒廃、水環境や水辺環境の悪化、有害化学物質の影響、大規模開発、野生鳥獣被害、農山村の過疎化など、さまざまな環境影響として現れています。そして、この急激な環境変化のスピードに追いつけない生きものたちは、絶滅の危険にさらされています。里山の生物多様性の保全は、私たちが今後どのような暮らしを目指すのか、そして里山をどのように大切に利用していくのかということをぬきには解決できない問題です。

遺伝子の多様性とその撹乱(かくらん)

 現在地球上で見られる生きものの多様性は、共通の祖先から枝分かれしてそれぞれが異なる進化の歴史をたどってきた結果として生まれたものです。その歴史がそれぞれの遺伝子に刻み込まれています。またそれは、地殻変動や氷期・間氷期などの気候変動がもたらした地域の環境の歴史の産物でもあります。中部山岳域では、複雑な地史や急峻な地形がその地域ごとに特色をもった生きものの集団を生みだしてきました。たとえば白馬岳や八ヶ岳、南アルプスの一部は、限られた地域にしかない種(固有種)の植物が多い場所として知られています。ベニヒカゲなど「高山蝶」とよばれるチョウのなかには、山塊ごとに異なる遺伝子をもった集団があることも分かっています。またこの地域には太平洋側と日本海側の水系があり、それぞれにアマゴとヤマメ、ヤマトイワナとニッコウイワナのように遺伝的分化や形態的分化が進み、別の亜種として扱われるような魚類がいることも知られています。ゲンジボタルでも地域によって遺伝的に異なる集団があることが分かっています。このように信州の自然は、遺伝子の多様性や地域固有性の面でも大きな特徴をもっています。それは信州の自然の豊かさのひとつであるともいえるでしょう。人の手で生きものをみだりに移動させることは、このような遺伝子の多様性や固有性を撹乱(かくらん)することにつながります。それは生きものの自然な移動や地史的な時間のなかで起こるゆるやかな進化の歩みを変えることを意味するからです。植樹や山野草の栽培、ホタルの増殖活動などでも、このような結果を招いてしまうことがあります。外来種が在来種と交雑し遺伝子に撹乱(かくらん)をもたらす例も、淡水魚などで知られています。このような結果を不用意に招くことなく、信州の自然の歴史の豊かさを、できるだけ生き物のなかの遺伝子のかたちで、その生息環境とともに未来の世代に遺すように努めたいものです。

気候変動による高山の生態系への影響

 中部山岳の高山は、約1万年前までの氷期に日本列島に入り込んだ生きものの逃避地として知られています。高山植物やライチョウなどがそれにあたります。こうした生きものの多くは北極をとりかこむ地域に分布しており、中部山岳はその世界的な南限にあたります。ここの山頂域は島々のように孤立した環境です。島状に孤立した環境は気候変動に弱いとされています。気温上昇によって植生帯の標高が全体に上昇した場合、その最上部にある高山帯の生きものには逃げ場所がありません。地球全体でも北極周辺は気温の上昇が高く予測されています。このような生態系とその生きものたちの保全は、世界的にも重要な課題です。たとえばライチョウは、気候の変化により気温の上昇が進むと中部山岳の多くの場所で生息地が消失すると懸念されています。あとに残る生息地も孤立・分断化が進み、集団サイズや遺伝子の交流が小さくなって、絶滅の危険が大きくなるとされています。もっと小さな空間規模でも影響が出てくる可能性があります。たとえば稜線の強風の吹く場所(風衝地)では雪が早く溶けるのに対し、斜面の窪地には夏まで雪の残る雪田と呼ばれる場所があります。雪田では雪どけ後に高山植物が花を咲かせます。もし仮に気候Setsudenの変化によって積雪量が減るなら、花の時期が早くなる、さらには乾燥化や森林化が進んでお花畑が消えるなどの影響が出てくることも考えられます。逆に積雪が多くなりすぎても植物の育つ期間がなくなります。花に来て花粉を運ぶハチなどの昆虫にも影響がおよぶかもしれません。しかし気候変動の予測は、これまで主に地球規模などの大きな空間スケールで行われてきました。長野県や中部山岳といった空間スケールでの予測はまだ精度が高くありません。局地的な積雪量などがどうなるかの予測もまだ十分できないのが現状です。そのための研究や現地での観測が現在進められています。

 

 

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