更新日:2019年5月20日

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交通信号機・運転免許証の歴史

交通信号機の歴史

日本の交通信号は大正8年(1919年)に、東京の上野広小路交差点で、木の板に「トマレ」、「ススメ」と文字を書き、これを回転させて使用したものが第1号です。電気を使用した信号機は昭和5年(1930年)に東京の日比谷交差点に設置されたものが最初です。アメリカから輸入されたもので、赤、黄、緑の3色の灯器が使われました。

長野県で信号機を設置したのは、昭和29年で、長野市の新田町交差点が第1号でした。昭和31年になって、長野市の末広町交差点に第2号、裾花小学校入口(現在の九反)交差点に第3号の信号機を設置しました。

写真で見る長野県の交通信号機

長野県で初の信号機が設置された新田町交差点

(写真は昭和43年当時)

現在の新田町交差点

新田町交差点は昭和46年に、県下初の横断歩道をクロスさせたスクランブル方式を採用しました。

また、やはり県下初となります目の不自由な方用の電子演奏装置歩行者用信号機を昭和47年に設置したのもこの新田町交差点です。

2番目に設置された末広町交差点

(写真は昭和43年当時)

現在の末広町交差点

3番目に設置された裾花小学校入口交差点

(写真は昭和43年当時)

現在の九反交差点

今は見られなくなった警察官の手信号

昭和31年
通安全旬間で交通整理をする警察官
後方に信号機が見えますが、警察官が手信号で交通整理をしているのは、まだ信号機に慣れていなかったからでしょうか。

昭和32年察官の交通整理コンクール

運転免許証の歴史

昭和24年から昭和38年

昭和35年から昭和44年

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