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更新日:2017年4月21日

みんなで知ろう!信州の歴史1

北信地域(飯山藩・天領(中野陣屋))

飯山藩

■ 最後の藩主は本多助寵(すけたか)で2万石

■ 明治元年(1868年)の戊辰戦争(ぼしんせんそう)では、越後高田藩から旧幕府軍が飯山に侵入し、飯山は戦火に見舞われました。

■ 翌年、助寵(すけたか)は版籍奉還(はんせきほうかん)により飯山藩知事となったのです。

■ そして明治4年(1871年)の廃藩置県(はいはんちけん)により、飯山藩は廃藩となって飯山県となり、同年末には長野県に編入されました。

天領(中野陣屋)

■ 中野陣屋は5万石余の天領を支配する、信州随一の陣屋でした。

■ 代官は通常江戸におり、陣屋には元締、手付、手代、書役その他をふくめて二十人以下の人々が常駐(じょうちゅう)し、行政にあたっていました。

■ 中野陣屋は、王政復古(おうせいふっこ)の大号令のもとに慶応4年(1868年)、尾州御取締中野御役所(びしゅうおとりしまりなかのおやくしょ)となりました。同年8月に伊那県が創設されると、伊那県中野分局となります。

■ 明治3年(1870年)中野県が分置され、中野陣屋も改造され中野県庁となりました。
■ 翌明治4年(1871年)、中野県は長野県に編入されました。

飯山城址 

写真提供:長野県観光部 

 

中野陣屋・県庁記念館

写真提供:中野市産業公社

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

天領(中野陣屋)

 

・中野陣屋は5万石余の天領を支配する、信州随一の陣屋でした。


・代官は通常江戸におり、陣屋には元締、手付、手代、書役その他をふくめて二十人以下の人々が常駐(じょうちゅう)し、行政にあたっていました。


・中野陣屋は、王政復古(おうせいふっこ)の大号令のもとに慶応4年(1868年)、尾州御取締中野御役所(びしゅうおとりしまりなかのおやくしょ)となりました。


 同年8月に伊那県が創設されると、伊那県中野分局となります。

 明治3年(1870年)中野県が分置され、中野陣屋も改造され中野県庁となりました。
 

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教育委員会事務局文化財・生涯学習課

電話番号:026-235-7439

ファックス:026-235-7493

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