最終更新日:2005年2月2日

先人達の残した歴史的農業施設


信州人の知恵と努力の結晶



 長野県は、全国に誇る農業県として、変化に富んだ地形と気象条件を活かし、個性的で力強い農業を展開してきました。
 先人達の知恵と努力により、築造された農業用施設は、豊かな農産物の生産基盤としての役割を発揮するとともに、豊かで美しい農村空間を形成してきました。
 このコーナーでは、そんな先人達の残した貴重な歴史的農業施設の幾つかをご紹介いたします。
 

横倉堰・須賀川堰の歴史(山ノ内町夜間瀬)
志賀高原の奥山に水源を求め、苦労の末に開削した水路の歴史と、近年、水路を改修して果樹産地に成長した夜間瀬を紹介します。
 
川中島平の歴史と犀口三堰の開削(長野市川中島)
平安時代には信濃最大の人口密集地帯であった川中島平の歴史と、犀川の乱流を整備した犀口三堰(上堰・中堰・下堰)を紹介します。
 
ため池「白樺湖」に眠る歴史(茅野市)
現在、観光地へ成長した「白樺湖」ですが、実は「ため池」であることは知られていません。そんな「白樺湖」の歴史を紹介します。
 
1℃1俵(大町市上原)
北アルプスの冷たい雪解け水をなんとかお米がつくれる水温にまで上昇させようと考え出された温水路「ぬるめ」と、「ぬるめ」を維持管理している地域住民の活動を紹介します。
 
浅間山麓のビオトーブ=温水路(軽井沢町追分)
避暑地として有名な軽井沢を水源としている冷たい水をお米がつくれれる温度まで上昇させようと考え出された温水路を紹介します。
 
善光寺平に水を導いた人々(長野市)
いわゆる善光寺平と称される地域は、善光寺を中心に拓(ひら)けた地域で、中世以前から時の実力者によって開発されました。この善光寺平の農業の発展に大きな役割を果たしてきた善光寺用水を紹介します。
 
北信州・飯山藩による新田開発(飯山市)

北信州の飯山盆地は、日本の農村の原風景が今に残る「ふるさとを感じさせる地域」として大きな評価を受けています。この地域の新田開発と「水を求めて」・「水とのたたかい」の両者の歴史を紹介します。

 
塩田平のため池の歴史(上田市)

古来より、大きな河川の無い塩田平は、水不足を補うため、たくさんのため池が造られました。塩田3万石と言われた上田藩の水田開発の歴史を紹介します。

 
坂本養川(さかもと・ようせん)の繰越堰開発(茅野市ほか)

諏訪地方の新田開発の勢いは元禄のころ一時衰えています。これは開発できる土地がなくなったためではなく、当時の水利用があり合わせのものであったからです。このとき現れて新しい用水体系を模索したのが坂本養川でした。

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