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しあわせ信州

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更新日:2015年4月1日

変わりゆく信州の自然

変わりゆく信州の自然(本)

 

 平成18年(2006年)1月~平成19年(2007年)2月にかけて長野市民新聞(土曜日)に全53回連載しました。そして、その原稿に加筆したものが「変わりゆく信州の自然」として、平成20年2月にほおずき書籍より出版されました。

 

 このページでは、前半28回分の記事を紹介します。

 画像・文章の無断転載を禁じます

 プロローグ: 「変わりゆく長野の自然」 連載にあたって

 

 今年の冬はトリノで冬季五輪が開催されます。八年前に長野でオリンピックが開催されたとき、スポーツと自然保護の問題がずいぶん話題になりました。

 トリノに限らず、過去の冬季五輪のほとんどは北緯40度以北の都市での開催です。それにたいして、長野五輪は北緯37度以南という冬季五輪としては例外的に南の地での開催でした。

 長野は一年を通して、比較的暖かい地域でありながら、冬はアジア大陸からの季節風と日本海のおかげで、たくさんの雪が降ります。さらに、山や高地が多いので、さまざまな環境が寄せ集まっています。このような特別の条件があるために、長野は冬季スポーツの適地になり、しかも野生生物の宝庫にもなっています。長野五輪のときに、自然保護の問題が世界中から注目されたということには、そういう意味がありました。

 さて、そのような豊かな自然も、じつはすこしずつ変化をしています。自然には、すぐに目につく変化もあれば、注意して見て、はじめて知ることができる変化もあります。たとえば火山は地下のマグマの噴出によってできますが、人の一生のなかで噴火現象に出会うことはめったにありません。けれども、長い地球の歴史を考えると、火山は変化する自然そのものです。また、自然そのものの動きとはべつに、最近は人間活動の影響による自然の変化が、いろんなところで目につくようになりました。同時に、心配される自然保護に関わる問題も次々に起こっています。

 わたしたちが身近に接することができる自然には、たくさんの植物や動物、あるいは人の暮らしとともにある自然、特徴のある地形や景観など、いろいろな顔があります。連載では、さまざまな角度からそれらの変わりゆく自然に注目していきます。信州の自然のすばらしさとともに、これからの自然保護について、楽しみながら、ともに考えてみたいと思っています。

飯綱町からのぞむ飯綱火山。静かな山も生きている地球のあかし

 (富樫 均、2006年1月7日掲載)

外来生物(7回)

希少な動植物(20回)

人と自然の関わり(12回:本ページ未掲載)

  • 鳥獣被害 クマ(上)
  • 鳥獣被害 クマ(下)
  • 鳥獣被害 サル
  • 鳥獣被害 イノシシ
  • 鳥獣被害 ニホンジカ
  • 農地の減少
  • 子どもの遊び
  • 川とのつきあい
  • 自然の循環利用
  • 登山道と植生荒廃
  • 山のし尿処理
  • 地すべりとのつきあい

多様な環境変化(12回:本ページ未掲載)

  • 平均気温の上昇
  • 温暖化と植物
  • 第2・3次産業へ比重
  • バイオマス資源
  • 地域の食文化
  • 失われる草原
  • 里山の森林
  • 消えゆく風土の特色
  • 信州の里山(上)
  • 信州の里山(中)
  • 信州の里山(下)
  • 自然体験

エピローグ「地球規模の環境保全」(本ページ未掲載)

本文

ミズオオバコ ~優雅な希少種

 薄い桃色の花を水面に浮くようして咲かせるミズオオバコは、とても優雅な雰囲気を漂わせる植物です。花に対して大きめの葉があり、葉はふちが波うっていて、水中にあります。道端でよく見かけるオオバコの葉によく似ているので、オオバコがそのまま水に沈んでいるのかと思われるくらいです。しかし、オオバコとは全く別のトチカガミ科の植物で、池や水田のように水のある環境でしか生育できません。

 ミズオオバコは一年草で、水底に根を張ります。根もとから長い柄をもつ葉を伸ばし、7月頃から9月頃まで三枚の2センチ前後の花びらの花を水面ぎわで咲かせます。秋に実る果実は、長さ4センチぐらいの楕円形をしており、ひだがたくさんついていて特徴があります。このミズオオバコの葉は、水田や水路などでは柄の部分を入れて30センチほどの長さですが、ため池などの広い場所では大型に生育します。

 県内の各地に分布例がありますが、そのわりに多くの人にはなじみの少ない植物のようです。近年水田における農薬の使用や水辺環境の変化などにより数が減少しており、長野県の希少植物のひとつとしてレッドデータブックにも記載されています。そのため、最近では住民の手によって保護回復活動が行われることがあり、またミズオオバコとともにゲンゴロウなど水辺の動植物の観察会を開催している地域もあります。

 現在、日本の水辺の多くはコンクリートに覆われたりして、以前にくらべて人々が水辺に訪れる機会が少なくなりました。身近なところで水草などに親しむことができるような潤いのある環境を、これからも大事にしていきたいと思います。

ミズオオバコとその花の拡大

(川上美保子、2006年8月5日掲載)

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オコジョ~山岳地の愛きょうもの

 登山をしていると、高山帯の岩場などで、岩のすきまから出たり入ったりして活動している小さな動物を見かけることがあります。これがオコジョです。イタチの仲間ですが、イタチよりも体が小さく、オスで体長が18cm、尾長が6cmほどで、メスはさらにひとまわり小さな体です。夏毛は背中が褐色でお腹が白色ですが、冬毛は全身が真っ白になります。ただ、尾の先だけは夏毛も冬毛も黒いのが特徴的です。姿はかわいく、愛きょうがありますが、体の大きさに似合わずどう猛な動物です。近づき過ぎると、人間に向かって威嚇することもあります。小鳥やネズミ、昆虫などを主食にしていますが、自分の体よりもずっと大きいノウサギを襲うこともあるそうです。

 日本では、北海道と本州に分布します。本州では中部地方から東北地方の山岳地に生息しています。高山帯でよく見かけるので、高山の動物と思われがちですが、実際には標高1000mくらいまで生息しています。東北地方の標高500mくらいでも見かけたことがあります。特に冬になると、標高の低いところに下りてくるようです。長野市では、真田町(現上田市)との境の保基谷(ほきや)岳や戸隠森林植物園で観察記録があります。

 オコジョは、高山帯や、亜高山帯から山地帯の自然林など、人の手があまり入っていない自然環境に生息しています。このような環境が開発などで失われると、絶滅のおそれがあるため、県版レッドデータブックでは準絶滅危惧に指定されています。県の天然記念物にも指定されています。

 オコジョは、古くは管狐(くだぎつね)と呼ばれていました。管狐は伝説にも登場する動物で、飯縄(飯綱)山の修法者が竹筒のような細い管に封じ込めて、必要に応じて取り出し、占術などに使っていたそうです。確かにオコジョは体が細長く、竹筒に入りそうな体型です。管狐は飯縄とも呼ばれ、これを使う修法者を「飯縄使い」と呼んだそうです。

 じつは、オコジョにそっくりなイイズナという動物がいます。オコジョよりも少し小さく、尾が短くて先は黒くありません。東北の北部と北海道に分布していますが、長野県には生息していません。昔の人たちは、オコジョもイイズナも区別することなく、管狐とか飯縄と呼んでいたのかもしれません。

(岸元良輔、2006年7月29日掲載)

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ホトケドジョウ~小川などに細々と

 県内では「オカメドジョウ」の名で親しまれた小魚で、関東では「ダルマドジョウ」と呼ばれることもあります。

 柳川鍋などで食する普通のドジョウに比べると、太短く、ずんぐりした体型が特徴です。体長はふつう5~6センチと小型で、ひげの数はドジョウより1対少ない4対です。

 全国的には関西から東北までの本州に分布しますが、各地で生息地が消失し、絶滅危惧種に指定されています。県内では、千曲川と犀川水系に細々と生息しています。

 彼らの生息環境は、水の浸み出しがある平野部から低山にかけての湿地や水田の素ぼりの側溝、ひとまたぎできるほどの小川などです。セリやオランダガラシなどが生育する場所に網を入れると、カワニナやサワガニ、ヨコエビなどに混じってホトケドジョウが捕まることがあります。ホトケというだけあって、寺社のそばの湧き水を探って見つけたこともあります。

 産卵は春から夏で、1尾の雌を複数の雄が追尾し、水草などに卵を産み付けます。食性は雑食性で、水生昆虫のほか、落下した小動物や藻類など、ひげに触ったものは何でも貪欲に食べます。飼育されているものは、水槽に手を入れるだけで指をなめようと近寄ってきます。

 このように人なつこく、環境への適応力も決して低くはなさそうな魚なのですが、全国で急速に減ってしまったのは、かつて広く使われた毒性の強い農薬や圃場整備にともなう開発が原因と思われます。小規模な湿地は、役に立たない場所としてまっさきに開発されがちですが、小さな命のよりどころになっていることを改めて認識していただきたいと思います。

オカメ顔のホトケドジョウ

(北野 聡、2006年7月22日掲載)

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オオムラサキ~雑木林の宝石

 夏の雑木林。しみ出る樹液には、カブトムシ、クワガタ、カナブンや、おそろしいオオスズメバチなどたくさんの虫たちが集まります。そして大きくて美しいオオムラサキも。

 オオムラサキのオスは、翅(はね)の表面の付け根側半分くらいが紫色で、そこに白い斑点がちりばめられています。メスには紫色の部分がありませんが、やはり同じような斑点があり、オスよりもさらに大型です。日本の国蝶に指定されており、とても人気の高いチョウです。日本列島のほか、中国大陸、朝鮮半島、台湾に分布しています。

 オスは午後から夕方にかけて枝先にとまり、なわばりを主張するように他のオスを追いかけます。ときにはスズメなどの鳥を追いかけることもあります。オスがメスを追いかけ、メスが葉の上などにとまると求愛し、やがて交尾します。

 幼虫の餌となるのはエノキやエゾエノキの葉で、交尾したメスはそれらの葉や枝などにかためて緑色の卵を産みつけます。孵化した幼虫は、一回目の脱皮を終えた二齢幼虫から、頭に二本のツノが出てきます。この卵や幼虫の時期には、寄生蜂やクモ、アリ、カリバチなどの天敵にねらわれます。

 無事に晩秋をむかえると、オオムラサキは幼虫のまま冬を越します。体液に独特の成分があり、周囲の温度がマイナス二十度よりも低くならないと凍りつくことはありません。

 春に出てきた幼虫は、はじめ褐色をおびていますが、葉を食べて脱皮すると緑色になります。その後さなぎの時期をへて、六月後半から八月にかけて成虫の舞う姿がみられます。

 オオムラサキのホームグラウンドは里山の雑木林です。全国的には都市の周辺部で減少しており、環境省のレッドリストでは準絶滅危惧にランクされています。長野県ではまだ県内各地でその姿をみることができますが、エノキの樹や雑木林が伐採されると姿を消します。まぶしい夏の日差し。草いきれ。ぬぐう汗。そして昆虫採集の思い出。そうしたいきいきとした体験こそ、オオムラサキやクワガタのいる雑木林の姿とともに、子どもたちに伝えていきたいものです。

樹液にやってきたオオムラサキ

(須賀 丈、2006年7月15日掲載)

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ホシツリモ~野生絶滅種を復活させる

ホシツリモ(シャジクモ科)はヨーロッパとアジアの湖沼に分布する藻類で、主軸(茎)の節から小枝を放射状に出すスギナのような形態が特徴です。条件が良いと高さ2メートル近くに生長します。星のかたちをした白い球根(むかご)をつくることから、ホシツリモという名が付けられました。

国内では、神奈川県芦ノ湖や長野県野尻湖をはじめ4湖沼で生育が確認されていましたが、現在ではほぼ絶滅に近い状態となっています。その理由は富栄養化による透明度低下などいくつかの説がありますが、野尻湖では水草除去の目的で導入した中国原産のソウギョが壊滅的な打撃を与え、絶滅を招いたといわれています。

昭和53年、野尻湖では北米原産のコカナダモなどが沿岸に繁茂しすぎて、漁船のスクリューに絡まったり、漁網がおろせなくなったために、ソウギョの稚魚5千尾を放流したのでした。その影響は劇的で、数年後にはほぼ完全にホシツリモを含む水草は消滅してしまいました。しかし、水草の消滅後に淡水赤潮が発生するなど野尻湖の生態系はすっかり変わってしまい、水草帯の重要性が再認識されるようになりました。

いったんは絶滅したホシツリモでしたが、最近になって大阪医大の研究室で培養されていた野尻湖株があることがわかり、それを元にした復活プロジェクトがはじまりました。

平成8年以降、水深4~7mの場所に、ソウギョ避けの網を張った実験区を作り、継続的に植え付け実験を行っています。その結果、ホシツリモの生育には、藻体の付着物を取り去ってくれる稚エビや小魚、また湖底の流れを緩和する他の水草との共存が必要なことがわかってきました。

しかし野尻湖には、稚エビや小魚を食べるブラックバス類が数多く生息しており、さらに最近では沿岸帯を中心にブルーギルが増加しつつあります。ブルーギルも基本的にバスと同様の肉食なのですが、植物体を直接食べることもあり、ホシツリモの新たな敵になるのではと心配されています。

このように野生絶滅種の復活にむけた道のりは平坦ではありませんが、今後も地域住民と研究機関が協働し、かつての水草帯をとり戻すための継続した取り組みが期待されています。

湖底の実験区で生育をはじめたホシツリモと星のかたちをした球根(野尻湖水草復元研究会提供)

(北野 聡、2006年7月8日掲載)

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ハチクマ~蜂を食す不思議な鷹

 五月の中旬頃に南から渡ってきて、信州の里山で子育てをするハチクマという大型の猛禽類(ワシタカの仲間)がいます。ハチクマは県版RDBに掲載されるなど、数の減少が心配されています。

 他の猛禽類と同様に、ハチクマはメスの方がひとまわり大きいのですが、その他にも目の色や顔の模様などもオスとメスでかなり異なります。また、雌雄に関係なく、体の色には白いものから黒いものまで、同じ種と思えないほどすごく変化に富んでいます。なぜこのように変化があるのかについては全くわかっていません。

 ハチクマはその名前が表すとおり、主に地蜂(クロスズメバチ)やキイロスズメバチなどハチの幼虫や成虫を食べます。でもどのようにハチの巣を探すのでしょうか。人が地蜂を探すときと同様に、「すがれ追い」や「透かし」などおこなうのでしょうか。ハチの巣を見つけたとしても、ハチに刺されないのでしょうか。刺されたら痛くないのでしょうか。これらのことは全くわかっていません。人がスズメバチに刺されたら大変なことになるというのに、ハチクマの親はなにごともないようにハチの巣をせっせと運んできます。

 私たちが長野で調べた結果、ハチクマの行動する範囲は非常に広いことがわかりました。飯綱高原に巣があるオスが、戸隠高原や千曲川を越えて雁田山や明徳山の方まで行きます。当初、そんな遠くまでハチの巣を探しに行くのだろうかと疑問に思ったのですが、実際に大きなハチの巣をもって飛び立つ姿を見たときには、すごい鳥だなあと感動しました。

 秋になると、大きな群れとなって南に渡っていきます。最近の衛星追跡の研究から大変興味深いことがわかっています。かれらの越冬地(冬を越す場所)は、東南アジアです。フィリピンで越冬するハチクマが、南西諸島をとおってまっすぐ行くのではなく、九州から中国大陸に入り、インドシナ半島などを経由して、大きく迂回してフィリピンに行くのです。なぜそんなに遠回りをするのでしょうか。

 本当に、ハチクマにはわからないことがいっぱいで、興味の尽きない鷹です。

(堀田昌伸、2006年7月1日掲載)

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モリアオガエル~樹上に卵を産むかわりもの

 モリアオガエルの特徴は、なんといっても木の枝に泡状の卵塊を産みつけることです。梅雨の時期に、池に張り出した木の枝に産みつけられる泡巣の中には、数百個の卵が含まれています。7~10日で孵化したオタマジャクシは、下の池に落ちて育ちます。

 体長はオスで6cm以下ですが、メスのほうが大きく8cmを越えることもあります。背中が鮮やかな緑一色ですが、長野県南部のものは褐色の斑紋があることが多いようです。繁殖期のオスは、「ココッ、ココッ、ココココッ」と少しこもったような声で鳴きます。森に囲まれた池で無く声は、深山の何とも言えない雰囲気をつくりあげます。

 姿も声もよく似ているシュレーゲルアオガエルは、ひとまわり小さく、声も少し高音です。卵も田んぼの畦などの地中に産みつけます。また、目の虹彩の色がモリアオガエルは赤っぽく、シュレーゲルアオガエルは黄色っぽいので区別できます。

 モリアオガエルは日本特産種で、本州と佐渡島に分布しています。長野県では、北部と南部に分布が分かれていて、中部は分布の空白地域になっています。長野市では、飯綱高原の一部の池や、戸隠森林植物園の池などでみることができます。

 カエルの仲間はいつも水辺で生活しているように思われがちですが、じつは繁殖期以外は水辺から離れて生活している種類も多くいます。モリアオガエルも繁殖期だけ水辺に近づいて、それ以外の時期は、森林の中の樹上で生活しているようです。それだけに、池などの水辺環境だけでなく、森林もなければ生活することができません。このような環境が、開発などでだんだんと無くなり、個体数が少なくなることが心配されています。そこで、長野県版レッドデータブックでは、準絶滅危惧種に指定されています。また、飯田市野底山のカエル沼ように、生息地が県の天然記念物に指定されているところもあります。長野市飯綱高原のブラックバスが放流されている池では、ほとんど生息していないようです。モリアオガエルが産卵に訪れるような池があることは、その周辺の森林も含めて、良好な自然環境が残されていることを示しています。

一匹のメスに数匹のオスが群がって産卵するモリアオガエル

(岸元良輔、2006年6月24日掲載)

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シナイモツゴ~ため池が最後の砦

 クチボソの愛称で知られるモツゴの仲間ですが、モツゴよりも頭が大きく、ずんぐりとした印象を与えるのがシナイモツゴです。

 この魚が長野県で発見されたのは、ほんの10年ほど前のことです。当時長野市内の小学校教諭をされていた清水義雄さん(故人)の篠ノ井地区でのため池調査がきっかけとなりました。

 その後、栄村や真田町でも確認されることになったわけですが、全国的に減少が著しく、各地で保護が図られています。長野県でも希少野生生物の条例で本種を指定し、採集に届出を義務づけるなど個体数の減少を防ぐための手だてを講じています。

 シナイモツゴの生息域は現在、東北四県と新潟県、長野県とされていますが、戦前には関東平野一円にも広く分布していたようです。減少の理由としては、分布を広げているモツゴとの競合や交雑、また近年ではスポーツフィッシングの対象として人気の高い魚食性のバス類による捕食が考えられています。競合種のモツゴはコイやフナ類の移植とともに分布を広げているようです。

 モツゴとの交雑では繁殖能力のない雑種がうまれますが、困ったことに常にシナイモツゴの雌とモツゴの雄との間で交雑が起きるために、シナイモツゴの子どもが生まれず、最終的に池から姿を消してしまうようです。

 このような経過で、かつては県内に広く分布したシナイモツゴが、多くの場所でモツゴにとってかわられたと推測されます。山間のため池に細々と生きながらえている姿は、戦に敗れた落人を連想させます。

 清水さんの調査では、ヒシ・エビモ・フサモなどの水草が豊富で、産卵場となる古い木杭が水中に残っているような池でシナイモツゴがよく見つかったそうです。ため池の維持管理には適度な手入れが不可欠ですが、彼らの将来を考えれば、外部から不用意に魚類を移植することは慎むべきでしょう。

ずんぐりとした体つきのシナイモツゴ

(北野 聡、2006年6月17日掲載)

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トガクシソウ~明治時代に戸隠で発見

 トガクシソウ(別名トガクシショウマ)は、メギ科の日本固有種で、ブナ林などの林床に生育する多年草です。淡い紫色の花を数個、花柄の先にぶら下がるように下向きに咲かせます。

 戸隠山で発見された植物には、トガクシナズナやトガクシデンダなど、多く「戸隠」の名がつけられています。このトガクシソウもまた、その一つで、明治十七年に戸隠山で発見されことから名付けられました。

 戸隠山のほか、長野県内では、主に県北部に限ってみられ、全国的にも、本州中部から東北地方日本海側の多雪地域に限って分布している希少種です。また、明治時代後半に戸隠を訪れた植物学者の手記に、早くも「発見された当時は、路傍にもあったとされるトガクシソウが、すでに絶滅に近い有様」、と記述されるように、採取や生育地の森林伐採などにより、各地で減少・絶滅が心配されています。そのため、長野市(旧戸隠村)で、天然記念物に指定されているほか、国や長野県のレッドデータブックにも掲載されました。さらに、平成十六年には、長野県の条例により、特別指定希少野生動植物にも指定され、採取が禁止されました。

 さて、トガクシソウの花は写真などでもよく紹介されていますが、その果実や種子をご覧になった方は少ないかもしれません。トガクシソウの果実は白く甘みがあり、その中の種子には、エライオソームと呼ばれるアリの好む付属体があります。トガクシソウは種子で増殖しますが、こうした果実や種子をつけることから、その分散には、動物や鳥、アリなど、他の生物にお世話になっていると考えられます。トガクシソウを絶滅から守るには、こうした関わりの深い生物やその生息環境も同時に保護する必要があります。

 長野にゆかりの深いトガクシソウは、信州大学教育学部附属長野中学校の校章にもなっています。トガクシソウが、この校章のなかだけに残ることにならないよう、その生育環境を大切にしていきたいものです。

トガクシソウ

(尾関雅章、2006年6月10日掲載)

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カワシンジュガイ~不思議な繁殖様式

 清流にすむ二枚貝で真珠を産することがあるため、この名が付けられました。ヨーロッパではかつてこの貝から真珠を採取していたことがありますが、日本ではむしろ食用にされることが多かったようです。数千年前の縄文遺跡からも貝殻が発見されることがあります。

 この貝はかわった繁殖をおこなうことで知られています。雪解けの頃になると雌の体内で産卵がはじまり、えらのなかで受精と発生がすすみます。孵化した幼生(グロキディウム幼生)は水中に放出された後にイワナやヤマメのえらに寄生します。0・5ミリほどに成長してえらから離れ、ようやく川底での生活に移ります。寄生している1~2ヶ月の間に、貝の幼生は魚のえらから養分をもらい、5~7倍の大きさになるそうです。

 長野県には大町市と長野市戸隠の二集団が確認されていますが、それぞれ天然記念物に指定されるなど保護が図られています。小林収教諭(屋代南高校)の最近の調査で、大町と戸隠の集団には、形や生態にはっきりとした違いがあることがわかり、戸隠産のものが「コガタカワシンジュガイ」という新種として記載されました。大町を含め本州の他のカワシンジュガイはヤマメやアマゴに寄生するのに対し、戸隠産は特異的にイワナだけに寄生するのです。それぞれの種がどのように進化してきたのか興味が持たれます。

 このようにカワシンジュガイの生息にはサケ科魚類との共存が不可欠ですし、安定した冷たい流れが確保されることが必要です。本州のいくつかの集団では、繁殖がうまくゆかず高齢個体だけになってしまった場所も多いようです。成長は遅く、繁殖可能な5センチ前後のサイズに達するには10年以上かかるといわれていますので、いったん個体数が減ってしまうと回復が極めて難しい動物です。氷河期の遺存種とも呼ばれ、地球の温暖化も脅威になります。

3センチほど頭を出すコガタカワシンジュガイ

(北野 聡、2006年5月27日掲載)

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オキナグサ~方言ではチゴチゴとも

 花の終わった後、白い毛のある果実が目立つことから、その果実を翁(おきな:年をとった男性)の白髪やひげにたとえてオキナグサの名があります。全国のシバやススキの草原に分布しますが、近年、そうした草原の消失や縮小にともない、オキナグサも各地で減少や絶滅が心配されるようになってきました。長野市でも、「身近な減少種(減少極めて著しい)」として『大切にしたい長野市の自然』に選ばれています。

 かつては、田畑の土手にも生えている、とても身近な植物であったようで、オキナグサには多くの植物方言が知られています。たとえば、果実の毛から、翁ではなく姥(うば:年をとった女性)を連想した「ウバケ」や「ウバシラガ」があれば、かたや稚児の髪を連想したのか「チゴチゴ」や「チゴノバナ」などもあります。

 オキナグサは、キンポウゲ科の多年草で、細かく切れ込んだ葉をつけます。花は、釣鐘型で下向きに咲きます。花の外側は茎とともに白毛でおおわれ、内側は濃い紫色をしています。この白毛でおおわれた様子もまた翁を連想させるのかもしれません。

 オキナグサは種子で増え、種子から発芽後、3年ほどで開花します。オキナグサの好む日当たりのよい草原は、本来、自然にはあまりありません。人が草刈りや火入れをしたり、牛馬を放牧したりすることで、森林にならず草原がつくられているのです。この草原も人の手が入らなくなると、大型の草や木々が生えるようになり、日当たりが悪くなっていきます。すると、オキナグサが芽を出しても、十分に日光を浴びることができず、花や種子をつけることができなくなります。

 そのため、オキナグサを保護するには、生育地をそのまま手を付けないでいるのではなく、草原としての手入れが必要となります。中国地方では、かつてオキナグサが多くみられた放牧地で、ウシの放牧を再開したところ、オキナグサが増加したとの報告があります。

草原に翁や稚児が揺れる景色を、見続けたいものです。

草原に咲くオキナグサ

(尾関雅章、2006年5月21日掲載)

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サシバ~里山の手入れに依存する種

 春、畦道を散歩していて、甲高い「ピックィー」という声を聞いたことはありませんか。その声の主はサシバという中型の猛禽類(ワシタカの仲間)です。「ここは私の土地です。」と自己主張しているのです。

 サシバは里山の代表的な猛禽類です。しかし、どんな里山にも見られるわけではありません。また、オオタカ(三月四日掲載)という猛禽類も里山にもいますが、そのオオタカとは違う環境を好むようです。小さな山と谷が入りくみ、その谷間に田や畑のある谷津を好みます。サシバは、長野市周辺などでは見られますが、北アルプスが間近まで迫る安曇野で見ることはできません。

 サシバは、田んぼの畦などにいるカエルやヘビ、ネズミなどを林縁の木からねらって捕ります。そして、田んぼや畑に隣接した林のスギやカラマツに巣をかけて子育てをします。エサ場となる農耕地と子育ての場である林がセットになった場所を好みます。

 サシバは渡りをする猛禽類としても有名です。松本市白樺峠の上を毎秋数千羽のサシバが南に渡っていきます。長野市周辺では、飯綱高原などを通過していくようです。冬は、南西諸島や台湾、フィリピンなどの暖かいところで過ごします。春は秋とは逆のコースを辿り、長野など繁殖地にやってきます。

 サシバは里山での人の営みと密接に結びついて生活しています。最近、保護された鳥の数、渡りルート(愛知県伊良湖岬)や越冬地(沖縄県宮古島)の観察などから、サシバの減少が指摘されています。近年、小さな谷間の田んぼがかなり放棄され、里山の手入れがされなくなっています。人が田畑の手入れをやめてしまい、丈の高い草が繁茂すると、サシバはエサがとりづらくなり、その姿が見られなくなります。里山の管理は人だけの問題ではなく、そこを生活の場としているサシバなど野生生物にとっても重要な問題となっています。

リンゴの木から獲物を探すサシバの成鳥雄

(堀田昌伸、2006年5月13日掲載)

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メダカ~いまや絶滅危惧

 一説には目が上についているというのがその名の由来(目高)とも言われる、体長4センチに満たない小さな魚です。小学校理科の教材にもしばしば登場し、飼育した経験のある方も多いことでしょう。かつてメダカは、どこにでもいる生きものの代名詞でしたが、現在では野生メダカは絶滅危惧種のリストに入れられるほど減っています。

 メダカは熱帯に起源をもつ種類で、浅くて水温が高く、栄養豊かな水域のひろがる湿地のような環境を好みます。外敵が侵入しにくく、動物プランクトンなどの餌が十分に発生するからです。ちょうど、春から初夏にかけての温帯域の水田は格好の生息環境といえます。メダカがすむ水田地帯では、水が張られるのと同時に水路から水田に入り込んで産卵を開始するメダカの姿を見ることができます。

 しかし、このような水路と水田とのつながりが失われたり、冬のあいだ水路の水が完全に払われたりするとメダカはとたんにすみにくくなります。ほ場整備は水田の水管理を容易にして効率的な農業生産をもたらしましたが、残念なことに水田周辺の生きものにはマイナス面も多かったようです。また、近年の減反もメダカの生息場所を減らす原因になっているようです。

 一方、ごく最近になって、長野市周辺ではメダカの復活がちらほらと聞かれるようになってきました。これは強い農薬の使用が抑えられるなど、水質的な改善を反映したものと思われます。しかし、現地に行って見ると、放流されたと思われるヒメダカが数多く捕まることもあり、単純には喜べないこともあります。

 実はメダカの遺伝子調査によると、県内の在来メダカは独自の遺伝子型の分布を示すことが知られています。市販されているような系統不明なメダカを放流する行為は、ある意味で自然破壊につながりかねません。信州在来のメダカを大事にしたいものです。

メダカのオス(上)とメス(下)(上原武則氏提供)

(北野 聡、2006年4月22日掲載)

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ヒメザゼンソウ~湿地にひっそりと

 早春にはよくザゼンソウの花が咲いたとニュースになります。が、片手ほどもある赤紫色をしたザゼンソウの仏炎苞(ぶつえんほう)を見たことのある人は多いでしょう。しかし、ヒメザゼンソウは、ほとんど関心がもたれません。小さくて目立たないからでしょうか。この二種は世界的には珍しい植物で、長野市周辺にザゼンソウはありませんが、ヒメザゼンソウは見ることができます。

 これらは、大きさや形、生態がかなり違っています。ザゼンソウは葉が大きくハート形で仏炎苞も大きく、早春に花をさかせます。ヒメザゼンソウは細長い葉で仏炎苞は親指ほどと小さく、花は初夏に咲き、しかも花が咲く前の四月ころに葉が伸びてきて、花が咲くころには葉が枯れてしまいます。仏炎苞は花ではなく葉が特殊化したもので、その中央にある楕円状のものが花のかたまりです。飯綱高原や戸隠高原の湿地では植物が地面からいっせいに伸び始める前にいち早くヒメザゼンソウが葉を広げますが、ニリンソウが花盛りのころには、それらにうずもれるようにひっそりとして、ほとんど人目に触れなくなります。しかし花の時期に注意して見ると、小さな仏炎苞を見つけることができるでしょう。

 いづれもサトイモ科ザゼンソウ属の植物ですが、熱帯から亜熱帯地方に多いサトイモ科の植物の中では、ミズバショウなどと共に特異的に北方まで分布を広げた植物です。茎は細長く、成長に伴って伸びた根が収縮を繰り返すことにより、茎が地中にひきずりこまれていきます。根はおどろくほど太く、大地にしっかり生えていて力強く感じます。とはいえ、湿地に生えるので開発や踏みつけには弱い植物といえます。目立たない植物ですが、湿地環境の保全とともに、大切にしていきたいと思います。

ヒメザゼンソウの仏炎苞(六月頃)(上)、ヒメザゼンソウの葉(四月)(下)

(大塚孝一、2006年4月15日掲載)

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ナニワズ~雪国の落葉樹林に適応

 聞き慣れない名前かもしれませんが、ナニワズは、落葉広葉樹林の林床に生活するジンチョウゲ科の低木です。全国的に本州の日本海側から北海道にかけての雪の多い地方に分布しており、長野県内でも、主に県北部に限ってみられる希少植物です。長野市では、「身近な減少種(減少極めて著しい)」として『大切にしたい長野市の自然』にも選ばれています。

 ナニワズは、早春、雪どけとともに黄色い小さな花を咲かせます。花は、ジンチョウゲ科の植物らしく、ほのかに甘い香りがします。この早春の花が、春到来の歌「難波津に咲くや此の花(花の種類は不明)・・・」(古今和歌集の一首)を連想させ、ナニワズと名付けられた、との説もあります。

 ナニワズは、落葉低木なのですが、その幹はしなやかで、雪の重みにも折れることがありません。また、冬に葉を落とすのではなく、夏に葉を落とす、いわば「冬緑」植物です。ナニワズの生える林床は、夏になると大きな木や草の陰になって暗くなってしまうため、植物の成長にはあまりよい環境ではありません。一方、春や秋は、上層の落葉(夏緑)広葉樹が葉を落とし、林床が明るくなるため、ナニワズはその期間に葉をひろげ、光合成をおこなうことができます。「冬緑」植物のナニワズは、落葉広葉樹林の林床の環境にきわめてよく適応した植物といえるのではないでしょうか。

 飯綱高原の自生地で観察すると、ナニワズは、地下水がしみ出すような湿地周辺に多くみられます。こうした湿地は、地下水によって地面があたためられるため、周囲よりも雪どけが早くすすみます。春先から葉をつけているナニワズにとって、落葉広葉樹林内で、一段と雪どけの早い湿地の存在が、信州での分布の決め手になっているのかもしれません。ナニワズの花をみて、春の到来を感じる。この小さな花を、湿地とともに大切にしたいですね。

ナニワズの花(四月)

(尾関雅章、2006年4月8日掲載)

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ギフチョウ・ヒメギフチョウ~里山の歴史とともに

 スプリング・エフェメラル(春のはかない命)。樹々が新緑の葉をひろげる前の林のふちや林床で花を咲かせるニリンソウ、カタクリなどの植物や、ギフチョウ、ヒメギフチョウのように春先にだけ成虫が姿をあらわす昆虫をよぶ言葉です。

 ひとが生活のため里山の林を利用すると、林のふちや林床には春先に明るい光が注ぎます。ギフチョウの食草となるカンアオイ類やヒメギフチョウの食草となるウスバサイシンは、そのような里山環境で育ちます。ギフチョウやヒメギフチョウは、そうした場所を飛び回り、カタクリなどで吸蜜し、食草をみつけるとその葉裏に平均して十個程度の卵を産みつけます。

 ギフチョウ属は、温暖な新生代第三紀の頃に北半球の高緯度地方で進化し、その後氷河時代がくりかえされた第四紀に東アジアに南下してのこった古いグループに由来するといわれ、この二種のほかに中国大陸に別の二種が生き残っています。ギフチョウは世界で本州にしかいない固有種で、西日本を中心に生息しています。一方ヒメギフチョウは、本州の中部・東北の山地や北海道、さらには朝鮮半島、中国東北部、沿海州などにも生息しています。信州はちょうど両種の分布の境界にあたり、飯山市周辺と白馬村・小谷村は、両種の混生地として知られています。長野市近郊にもヒメギフチョウの生息地がいくつかあります。

 これらの二種、なかでも特にギフチョウは、最近全国的に衰退しています。原因としては、開発や乱獲のほか、里山の利用が減り林床に下草などが繁茂するようになったことが指摘されています。両種とも食草の生える環境が限られており、生息地が孤立すると絶滅しやすくなるようです。しかし最近の調査で、林床の下刈りをおこなうとギフチョウの産卵が増えることもわかってきました。ひとが里山を利用してきた歴史がどんなふうにこれらの生物の生きる場所をつくりだしてきたのかを、このことは教えてくれているようです。

産卵するギフチョウ

(須賀 丈、2006年4月1日掲載)

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カタクリ~里山の春のはかない命

 四月になると可憐なカタクリが咲いているというニュースが聞かれます。カタクリはユリ科の植物で花はピンクで下向きに咲きますが、6枚の花びらは上側にそっくり返っています。長野市里島では見事な群生がみられます。見物客も多く踏み荒らされないよう保護されています。

 本来雪の多い地方の里山の落葉広葉樹林にはえ、春雪解けとともにいちはやく花を咲かせます。林の木々が葉を広げる前に地上にあらわれ、葉が生い茂り林の中が薄暗くなる初夏には葉が枯れてしまい休眠します。このように早春に花を咲かせて消えてしまう植物は春植物とよばれ、キクザキイチリンソウやヤマエンゴサクなども同様で、「春の妖精」あるいはスプリング・エフェメラル(春のはかない命)ともよばれます。

 はかない命とはいえ、カタクリがたね(種子)から花を咲かせるまでに成長するには、8年から10年かかるといわれています。葉で光合成する期間が年に2ヶ月程度で、毎年少しずつしか栄養を蓄積できないからです。花が咲いているころ地面をよくみると、前年のたねから発芽した長さ2~3cmほどの針のように細い葉をみつけることができます。

 カタクリには蜜を求めていろんな昆虫が訪れますが、主にマルハナバチの類により花粉がはこばれます。たねにはアリが好むオマケがついていて、アリにはこばれたたねにより分布が広がります。カタクリは、はえている環境や多くの生物と関係しあって生きているといえます。

 カタクリは、かつては里山にたくさんみられたと聞きますが、里山環境の変化から最近では珍しい植物になっていて、群生地を守る取り組みが各地でなされています。まだ、白馬・小谷地域や飯山地域などの雪国では多く見られるのですが、カタクリが咲く里山を後世に残せるようにしたいものです。

カタクリの花(四月)

(大塚孝一、2006年3月25日掲載)

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イワナ~めっきり減った天然イワナ

 「山あれば谷あり」の言葉が示すように、信州は山の国であるのと同時に渓谷の国でもあります。その信州の谷を代表する魚といえば、やはりイワナを忘れるわけにはいかないでしょう。渓流釣りが好きな方ならば、春先の解禁と同時にイワナを釣り上げたという方もいるかもしれません。

 イワナはサケ科のなかでもっとも低水温に適応した魚です。約2万年前の氷河期の頃には本州の山地から平野部に分布を広げたものの、その後の温暖化で水の冷たい上流域だけに取り残されたのが現在の姿と考えられています。このように本州では長い間、集団同士が離ればなれにされてきたために、河川ごとに斑点の大きさや色、遺伝子にも大きな違いが表れています。

 最近進んでいるDNA調査によれば県内にもいくつかの系統の異なる集団が確認されています。例えば、木曽川水系の支流には奈良県のイワナ(キリクチと呼ばれる)と同系統の遺伝子型が発見されたり、一方で距離的には近い支流同士でも遺伝子型がまったく異なるなど、新しい知見が集まりつつあります。

 しかし一般には、このような天然イワナに出会うチャンスはめっきり減っているのが現状です。河川改修やダム建設でイワナの住む渓流環境が悪化したためばかりでなく、養殖技術が発達し河川への魚の放流が盛んになったことも一因です。放流はたしかに遊魚資源を手っ取り早く増やす方法ですが、集団の特徴を失わせるなど野生動物の保全という観点からはマイナス面も多くあります。

 最近では釣り人のなかにも「数は少なくても天然魚を釣りたい」という要望が高まっており、かつては放流が主体だった増殖事業も在来集団の自然産卵や生息環境の改善が重視されるようになっています。長い目で見れば、個々の水系の遺伝子資源を守ることが信州の渓流資源の保護、さらには信州の自然環境のブランド化につながるのではないかと思います。

志賀高原雑魚川水系の天然イワナ

(北野 聡、2006年3月18日掲載)

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ヤマネ~世界の希少種

 背中の黒い線が特徴的なヤマネは、手のひらにのってしまうほど小さくて、とてもかわいい動物です。本州・四国・九州の低山帯から亜高山帯の森林に生息します。長野市では、飯綱高原や戸隠森林植物園など、自然がよく残った森林に多く生息しています。

 でも、山の中でヤマネに出会うことは、めったにありません。それは、樹上で生活する上に、夜行性だからです。昼間は樹(じゅ)洞(どう)などで寝ていますが、夜間に活動して、種子や果実、トンボなどの昆虫を好んで食べます。ヤマネの姿を見るのは、小鳥の巣箱を開けると中で寝ていたり、山小屋や別荘で、冬眠のためにフトンの中に入ってきてしまったときなどでしょうか。

 ヤマネの大きな特徴のひとつは、冬眠することです。地域によってちがいますが、長野県では、十月中旬頃から四月頃まで半年間も冬眠します。ふだんの体温は38℃前後ですが、冬眠中はほとんど0℃近くにまで下がってしまいます。呼吸も三十分に一回くらい、心拍数もふだんの十分の一になってしまいます。ヤマネは冬眠のために餌を蓄えることはありません。そのかわり、ふだんは20gほどの体重ですが、冬眠前にしっかり食べて脂肪を蓄え、2倍くらいの体重になります。飲まず食わずで半年間も寝ることができる秘密はこんなところにあります。ところで、梅雨の時期に寒くなって、餌も少なくなると、やはり体温が下がって寝てしまうそうです。これを夏眠と呼んでいますが、ヤマネはまだまだわからないことが多い不思議な動物といえそうです。

 ヤマネは国の天然記念物に指定されています。そして、環境省や長野県のレッドデータブック(RDB)に記載されているだけでなく、世界のRDBにも記載されている希少種です。ヤマネの仲間は世界に十一種いますが、そのうちの1種が日本にだけ生息している日本固有種です。日本は世界の中でも、生物の多様性がとても豊かな国です。ヤマネはそのひとつの象徴といえます。しかし、自然林が伐採され開発されたり、人工林に変わることでヤマネの生息地がなくなることが心配されています。自然林を残すことはヤマネだけでなく日本の生物多様性を守ることにもつながります。

背中の線が特徴的なヤマネ

(岸元良輔、2006年3月11日掲載)

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オオタカ~里山の豊かさのバロメーター

 オオタカ。皆さんは、この名前をどこかで一度はお聞きになったことがあると思います。愛・地球博の会場予定地や、長野冬季五輪のバイアスロン競技会場予定地で、オオタカ保護のための計画変更により新聞やテレビで大きく報道されました。また、鷹匠が鷹狩りに使うタカとしても知られています。でも実際に見たことのある方はほとんどいないのではないでしょうか。姿は写真のような風貌をしています。ペンチのような太いくちばし、黄色い虹彩、白い眉斑、翼下面と腹一面にある細かい横斑などが特徴的です。カラスくらいの大きさの猛禽類(もうきんるい)で、意外と羽が短く、林の中をぬうように飛ぶことができます。

 環境省による最近の報告では、日本全国で約二千羽のオオタカが生息していると考えられています。現在、国や県、市町村で、絶滅のおそれのある野生生物についてその生息状況をとりまとめたレッドデータブック(RDB)という資料がつくられています。オオタカは、国、長野県、長野市発行のいずれのRDBにも掲載され、絶滅の危険が増大している種になっています。開発により雑木林がなくなったり、田畑が荒れたりというような里山の環境変化がその主な原因とされています。

 このオオタカ、長野市周辺にどのくらいいるかについては残念ながらわかっていません。長野市の奥座敷になる飯綱高原や戸隠高原など標高の高いところにもいますが、それよりも善光寺平周辺の農耕地と林が混在するような環境でよく見かけます。冬には千曲川の河川敷やカモ類のいる池周辺の林でみることもあります。クロツグミやイカル、キジバトを食べています。一方で、善光寺など市街地周辺で主にドバトなどを食べているという観察例もあります。オオタカがいれば、その餌となる豊富な鳥たちがいる豊かな里山があることを意味し、里山環境保全のシンボル、あるいはバロメーターになっています。今後、長野市周辺の里山環境の変化を、オオタカを通して見てみるのも興味深いと思います。

(堀田昌伸、2006年3月4日掲載)

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ニセアカシア~侵略的外来種、蜜源植物、緑化植物

 「純潔のうちに疼く欲望のような、清らかなうちに回想される夢のような」 小説「アカシアの大連」ではニセアカシアの白い花をこのように形容する一節があります。ニセアカシア(ハリエンジュ)はマメ科の落葉高木で北アメリカ原産の帰化植物です。若い時には葉や幹にトゲがありますが、高木になると目立たなくなります。世界各地で植林された歴史がありますが、現在、日本では環境省の要注意外来生物のリストに挙げられ、「別途総合的な検討を進める緑化植物」とされています。

 ニセアカシアの問題には、まず炭疽病の被害があります。植物体に炭疽病菌を保有しており、それが隣接する果樹畑の果樹に伝染すると、収穫間際に腐敗してしまいます。須坂市千曲川では数年前に炭疽病の農業被害が起きています。ニセアカシア林が隣接する果樹畑は県内に至る所にありますから、今後も果樹炭疽病対策の重要性は増すでしょう。

 治山・砂防の分野では、ニセアカシアはかつては早期緑化のための代表的な緑化材料でした。しかし、荒廃したはげ山を早期に樹林化できる反面、根が浅く倒れやすく、下流の河川に分布を拡げて緑化の必要の無い所にも侵入するなどの理由から、現在は緑化植物としても不適とされています。松本市の牛伏川では、治山跡地に優占するニセアカシア林で在来樹種主体の森林への林相転換が進められています。

 このようにかつては「救国樹種」とまで言われた樹種ですが、現在は生物多様性を脅かす侵略的外来種の代表的な存在です。しかし、農林産業へのプラスの効果もあります。まず、養蜂産業にとっては重要な蜜源植物であり、良質な蜜を生産できます。また、建築業界ではフローリング材として立派に製品化もされています。本種の管理を考える場合、外来種としての駆除と、有用樹としての有効利用の、ほどよいバランスの取り方を考えることが重要です。信州の木利用推進課では、このような複雑な背景をふまえて、ニセアカシアの利用と駆除を考える研究会(仮称)の立ち上げを予定しています。

ニセアカシアの花とセイヨウミツバチ

(前河正昭、2006年2月25日掲載)

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アメリカザリガニ~こどもたちには人気者

 田んぼの水路や溜め池などに生息するアメリカザリガニは、こどもたちに大変人気のある生き物です。大人の皆さんのなかにも幼い頃、スルメを使ってザリガニ釣りをしたという方も少なくないかもしれません。今日ではこれほど身近な存在になったアメリカザリガニですが、その由来や生態については意外に正しく知られていない場合があります。

 たとえば長野県に在来のニホンザリガニもいると信じている方がいます。しかし、これはまず間違いと言ってよいでしょう。なぜならニホンザリガニは北海道と東北北部に、しかも田んぼではなく自然の渓流に生息するザリガニだからです。県内で生息が確認されれば、それこそ世紀の大発見です。アメリカザリガニの子どもはハサミが小さく体色も親のように赤くないのでニホンザリガニと勘違いされたのかもしれません。

 それからアメリカザリガニは人間の食用のために日本に持ち込まれたと思っている方もいますが、そうではありません。実は、食用蛙(これまた北米産のウシガエル)の餌として、昭和のはじめに神奈川県に持ち込まれたのがはじまりです。蛙養殖事業が盛んだった戦前戦後には、蛙といっしょにアリカザリガニも全国に運ばれていきました。運ばれた先の飼育池から逃げ出して、温暖な日本の水田環境に適応して全国に広がっていったと考えられています。

 さて、このアメリカザリガニ、農家の方からは田んぼのあぜに穴を開けたり、稲の苗を食い荒らすために嫌われています。水草や底生動物の多くを捕食して生態系を大きく変えてしまっているとも言われています。

 またごく最近の話題では、別のアメリカ産ザリガニ「ウチダザリガニ(和名は日本的ですがれっきとした北米産種)」が北海道や本州の冷水域に定着しはじめているという情報が寄せられています。新たな生物への対応も求められています。

田んぼの水路で捕まったアメリカザリガニ。長野県の漁業調整規則では移植が禁止されています。

(北野 聡、2006年2月18日掲載)

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アレチウリ~より効率的な駆除活動をすすめるために

 アレチウリは、ウリ科の 1年草で北アメリカ原産の帰化植物です。日本では1952年に静岡県の清水港で最初に記録されていて、輸入された穀物などに混ざって持ち込まれたと考えられています。茎はつるになり、葉と対生して巻きひげが出てからみつきます。葉や茎はざらつき、果実には鋭いとげがあります。放棄畑や牧場、河原、湖岸などの肥沃な場所で急速に成長して繁茂します。アレチウリが繁茂すると、広い面積で地表を覆いつくしてしまうため、日本在来の植物が生育しにくくなってしまいます。全国的に猛威を奮っていることもあり、環境省の特定外来生物に指定されています。もちろん長野県内でも多くの水辺で分布を拡げ異様な風景を作り出しています(写真1)。

 外来植物のなかで最も駆除活動が盛んなのがこの植物でしょう。昨年、長野県では県水環境課が音頭をとって7月31日を「アレチウリ駆除全県統一行動日」に設定し、民間団体、市町村、県等の連携のもとに、県下各地で駆除作業を行いました。国土交通省千曲川河川事務所は抜き取り作業によるアレチウリ駆除のマニュアルを整理しています。種を付ける前に抜き取る。できるだけ小さいうちに抜き取る。1年に数回抜き取る。アレチウリが現れなくなるまで数年間続ける。というのがその基本で6月から9月に計三回の駆除作業を数年間継続しないと効果が出ません。とにかく非常に労力のかかる駆除方法なので、駆除できる面積には自ずと限りがあります。

 文部科学省の重要問題解決型研究プロジェクトでは、県内河川で除草剤によるアレチウリの効果的な駆除方法の実験を昨年から実施しています。近い将来、アレチウリの駆除方法に技術革新が訪れるかもしれません。

河川敷を覆い尽くすアレチウリ 須坂市千曲川屋島橋にて(写真1)、アレチウリ近景(写真2)

(前河正昭、2006年2月11日掲載)

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アライグマとミンク

 最近、長野県では、外来種のアライグマとアメリカミンクが問題になり始めています。

 アライグマは、かつてアニメの影響でペットとして人気が高くなりましたが、逃げたり捨てられたりして、全国各地で広がっています。タヌキに似ていますが、長い指が5本あり、尾に縞模様があるので区別することができます。県内では、軽井沢で広がり始め、家屋への侵入によるふん尿被害や、野鳥などが食べられてしまう例が報告されています。その他、長野市、南牧村、駒ヶ根市で目撃や捕獲の情報がありますが、今のところくわしい情報はそれほど得られていません。

 アメリカミンクは、十九世紀後半から毛皮獣として世界各地で飼育され、日本では1928年に初めて北海道に導入されています。その後、飼育数が増えて逃亡などにより、現在では北海道全域の河川に広がっています。野生種の毛色は暗褐色ですが、品種改良により、黒色、銀色、灰褐色などさまざまです。川や池、湖、海岸などの水辺を主要な生息場所とする泳ぎが巧みな動物で、魚を主食にしていますが、ネズミ類や鳥類などもよく食べます。本州以南では断片的な捕獲記録があるだけですが、県内では川上村から佐久市にかけて、千曲川とその支流に沿って頻繁に目撃され、養魚場や放流魚への被害が報告されています。1983~1991年に川上村内で飼育されていた記録があり、ここからの逃亡と考えられています。

 昨年の6月に「外来生物法」によって、アライグマの輸入や販売が禁止されました。アメリカミンクも間もなく同様に禁止される予定です。しかし、すでに野生化した外来種の分布拡大を止めるのは非常にむずかしいことです。現在、アライグマとアメリカミンクは地元で捕獲が行われていますが、分布拡大には追いついていません。今後、どのように対策を進めていくか、大きな課題となっています。

アライグマ(上)とアメリカミンク(下)

(岸元良輔 2006年2月4日掲載)

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セイヨウオオマルハナバチ

 春から初秋にかけて信州の野山では、黒や黄色やオレンジの毛むくじゃらのまるっこいハチがさかんに花をおとずれています。マルハナバチのなかまです。日本では特に北海道と信州に多くの種類がいます。

 このマルハナバチのヨーロッパ原産種が、トマトなどの施設栽培作物の授粉用に最近日本に輸入されています。これがセイヨウオオマルハナバチで、現在年間約七万の巣箱が流通しています。このハチを使うようになったことで、農作業が楽になる、農薬の使用量が減るなどの効果がありました。しかし同時に、この外来のハチが野外に定着して生息地をひろげることで、日本独自の生態系にさまざまな悪影響をもたらしはじめているといわれています。野外に逃げ出したセイヨウオオマルハナバチの個体がこれまでに長野県をふくむ全国の二十七都道府県で目撃されており、特に北海道では野外に確実に定着して生息地を広げています。

 セイヨウオオマルハナバチは在来のマルハナバチより競争力が強く、在来のマルハナバチと交尾して繁殖をさまたげたり、原産地ヨーロッパの寄生生物をもちこんで感染させたりします。また花の下部をかじりあけて蜜を吸う習性をもつため、植物をきちんと受粉させない場合があります。これらの性質について、科学的なデータが得られつつあります。

 これを受けて環境省は、輸入を法律で規制する特定外来生物にこの種を指定する方針を決めました。指定後は、この種を利用するには許可を受け、栽培用のハウスには完全に網を張って外に逃げないようにすることが義務づけられます。また野外への定着と拡大を防ぐため、継続して調査し、早期の発見と駆除にもつとめなくてはなりません。世界で信州にしかない固有の自然を守るためにも、着実な取り組みが求められています。

セイヨウオオマルハナバチの見分け方(矢印に注目)

(須賀 丈、2006年1月28日掲載)

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ブラックバス~湖沼に侵入した肉食魚~

 各地の湖沼に放流され在来生物への深刻な影響が心配される外来魚の筆頭がブラックバスです。1925年に北アメリカから神奈川県の芦ノ湖に導入されたのを手始めに、1970年代の釣りブームを背景として日本各地に拡がりました。長野市周辺の水域でもいまやバスが入っていない池や湖を探す方が困難なほど普通に見られるようになっています。

 ブラックバスが侵入した水域では何が起こるのでしょうか。まずオイカワやモツゴなどの小型のコイ科魚類やヨシノボリ類がまっさきに食べられて減少します。大型のコイやフナは残りますが、稚魚が食べられるために再生産はストップしてしまいます。エビ類やトンボをはじめとする昆虫類にも影響がでてきます。長野市郊外にあるような小規模な溜め池にバスの仲間が放たれれば在来種はひとたまりもありません。ここには、例えばシナイモツゴのように、溜め池を最後の拠り所として生きのびている絶滅危惧種も生息しているのです。また、高地の池で泡巣をつくって産卵するモリアオガエルもオタマジャクシのときに食われてしまうのではないかと心配する声も寄せられています。

 ところでブラックバスという呼び名は、オオクチバスとコクチバスのおもに二種類を指しているということはご存知でしょうか。10年ほど前までは日本でブラックバスといえばオオクチバスのことでしたが、1990年代初頭からはコクチバスが急速に増えてきて、近隣の野尻湖ではいまや8割以上がコクチバスになっています。口の大きさや模様はたしかに異なりますが、オオクチバスと同じように肉食で、さらに問題なのは河川のような流れのある環境でも生活できることなのです。

 ブラックバス類の拡大を防ぐため、国では「外来生物法」により放流や生きたままの運搬を原則禁止しています。教育や研究のための飼育についても許可が必要ですのでくれぐれも注意してください。

野尻湖で水中撮影されたコクチバス、最近ではオオクチバスよりも数多く生息している

(北野 聡、2006年1月21日掲載)

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タンポポ

 春もっとも身近な植物としてタンポポがあります。私たちがよく見るタンポポに、在来種と外来種のタンポポがあることはよく知られています。その区別は、花の基部の総苞(そうほう)の部分の総苞外片がまったく開かないのが在来種のシナノタンポポ、外片が完全にそっくり返っているのが外来種のセイヨウタンポポやアカミタンポポです。セイヨウタンポポはヨーロッパ原産で、早春から盛夏、初冬のころまで花をつけます。日本では外来種はこれら2種とされていますが、ヨーロッパでは多くの種を含み、日本でも2種だけとは限らないと考えられています。

 野外でタンポポをよく観察してみると、総苞外片が微妙に開いているタンポポがあることに気がつきます。このようなタンポポは、ほぼ、在来種と外来種が交雑してできた雑種タンポポです。私たちがセイヨウタンポポといっているものは、むしろ在来種の遺伝子を取込んだ雑種タンポポの方が多いといっても過言ではない状況になってきています。

 在来種タンポポは受精して有性生殖をしますが、外来種タンポポは受精を行わないで種子ができるので、まわりに仲間がいなくても一株あれば増えていけます。両種は発芽の性質も違います。在来種は種子が地面に落ちてもすぐには発芽しませんが、外来種は種子ができるといつでも発芽します。まわりに背の高い草があるとき発芽すると成長できません。自然に草が残っているような場所では、外来種は生えにくいのです。

 有性生殖をする外来種タンポポが日本にくると、在来種タンポポとの間で遺伝子汚染がおこり在来種の存在が脅かされますが、現在の状況は、開発され裸地化したような場所で外来種が強いことなどにより、そのような場所では外来種が優勢になると考えられています。

 在来種と外来種のタンポポが、街中でどのように分布しているか各地でよく調べられていますが、これからは、それらに雑種タンポポを加えて調べてみるとよいかと思います。

在来種のシナノタンポポ(A)、外来種のセイヨウタンポポ(B)、雑種タンポポ(C)

(大塚孝一、2006年1月14日掲載)

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